鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

消費者起点で新たな供給連鎖を構築する

[要旨]

鈴木敏文さんは、異業種間競争の時代は、企業内の閉じた活動の範囲内で価値を生み出そうとするのではなく、既存の活動範囲や業界の境界を越えて、新たな供給連鎖を構築することが重要だと述べておられます。したがって、これからは、顧客体験価値を創り出すためには、会社同士の競争ではなく、供給連鎖同士の競争が行われることになると言えます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、鈴木敏文さんのご著書、「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、鈴木さんが、こと消費の時代に対応した顧客体験価値を創り出すためには、同業他社と競争すると考えるのではなく、異業種と競争するという視点で事業をとらえることが大切だということを考えておられたということをご紹介しました。これに続けて、鈴木さんは、さらに、「事業連鎖」の考え方が重要であると説明しておられます。

「異業種間競争の時代にあって重要なのは、『消費者起点で新たな事業連鎖を考えること』だと言います。『事業連鎖』とは、経営コンサルタントの内田和成さんが提起している考え方で、消費者が商品やサービスを購入するまでの、アフターサービスを含めた川上から川下に至る流れの中で、様々な事業のつながりのことを指しています。異業種間競争の時代になると、企業内の閉じた活動の範囲内で価値を生み出そうとする従来の考え方ではなく、既存の活動範囲や業界の境界を越えて、新たな事業連鎖を生み出す動きが、どんどん活発になってきます。

その典型例は音楽業界で、過去の音楽業界は、ミュージシャンを抱えたレコード会社が、音楽CDを製造し、営業活動を行い、レコード店などの小売店を通じて販売していました。ここにまったく異業種のApple社が参入しました。(具体的には)携帯型音楽プレーヤーのiPod、音楽管理ソフトのiTunes、音楽配信サービスのiTunesミュージックストアをトータルで組み合わせたことで、消費者はどのレコード会社のミュージシャンの曲も、ネットワークから、いつでもデジタル情報のまま取り込んで楽しむことができるようになりました。(中略)

流通業が設立した自前の銀行であるセブン銀行なども、消費者を起点にして、新しい体験価値を生み出しました。(中略)提携金融機関のカードが使えるセブン銀行の特徴は、他の銀行のATMをコンビニの店舗に置き替えたこと、そして、銀行ごとに存在していたATM機能をマルチユースのATMに束ねたこと、さらに、セブン銀行自体は伝統的な銀行が行っていた融資などの業務は省略したことなどがあります」(128ページ)

鈴木さんの言っている「事業連鎖」とは、一般的に言われている「供給連鎖(サプライチェーン)」のことだと思います。そして、これも鈴木さんがご指摘しておられますが、異業種間競争の時代には、消費者起点、すなわち、カスタマーオリエンテッドの考え方で供給連鎖を構築することが重要です。鈴木さんのこのご指摘も、理解することは容易なことと思いますが、一方で、実践はなかなか難しいようです。というのは、小売業や製造業などは、自社を起点に事業を捉えがちなので、自社で供給可能な商品、製品の範囲で顧客の需要に応じようと考えてしまいがちだからです。

しかし、カスタマーオリエンテッドの考え方で顧客体験価値を創り出そうとすれば、自社の商品、製品だけで応じることには限界があるため、他社と協力してそれを創り出そうとすることになります。これが、供給連鎖ということなのですが、成城石井が自社の看板商品のチーズケーキを製造するための工場を建設したり、業務スーパーを運営する神戸物産が、食品製造会社を買収し、自社オリジナル商品を製造させたりしているというのも、カスタマーオリエンテッドに基づく商品提供を行うための供給連鎖の構築と言えるでしょう。

これらの会社の事例から分かるように、カスタマーオリエンテッドを実現するには、単独、または、複数の会社で供給連鎖を構築しなければならないようです。そして、このことは、現在は、会社同士が競争する時代から、サプライチェーン同士が競争する時代に移りつつあるということがわかります。もうひとつ付け加えると、供給連鎖が実現できるようになった背景には、情報技術の進展があるということも要因であると言えるでしょう。いわゆる、インダストリー4.0(第4次産業革命)は、そのひとつの例と考えることができます。

2022/11/9 No.2156