鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

株主・従業員・社会のバランスが大切

[要旨]

アスクル前社長の岩田彰一さんによれば、会社を持続的に成長させるうえで重要なことは、「三面鏡経営」を実践することだそうです。これは、資本市場(株主)だけでなく、従業員(雇用)や社会を加えた3つの鏡で自社の行動を映しながら、中長期の観点で価値を創造する経営のことだそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんは、アスクルを経営していたとき、「小アスクル」、すなわち、社員だけでは事業活動は成り立つことはできず、「大アスクル」、すなわち、物流センターで働く契約社員、派遣社員、お客様の開拓と与信・回収を担うエージェント、商品を開発・製造し提供するサプライヤ―、お客様のもとに商品を運ぶ物流パートナーなどによって事業活動は成り立っていると考え、これらステークホルダーとの関係を重視していった結果、業績を高めることができたということについて説明しました。

これに続いて、岩田さんは、会社を持続的に発展させるためには、資本市場、従業員、株主との3者のバランスをとることが大切だということについて述べておられます。「自ら企業を経営し、さまざまな企業を見てきたなかで痛切に感じることは、企業を持続させることの難しさです。急成長を遂げて脚光を浴びても、数年後には失速していく企業は枚挙に暇がありません。企業を持続的に成長させるうえで私が重要だと考えているのは、『三面鏡経営』を実践することです。

これは、経済同友会の社会的責任経営委員会の委員長を務めていた2009年に、経済同友会からの政策提言で言及したキーワードです。簡単にいうと、『資本市場(株主)』だけでなく、『従業員(雇用)』や『社会』を加えた3つの鏡で自社の行動を映しながら、中長期の観点で価値を創造する経営のことです。本来の持続可能な経営を目指すには、『資本市場(株主)』という鏡だけでなく、さまざまな角度から自らの姿を映すことができるバランスの取れた鏡、いわば『三面鏡』によって自らの行動を映し、どの鏡で見ても良い顔になるように努めること。すなわち、『三面鏡経営』を実践することが重要である。

私は、そう考えてアスクルを経営してきました。『従業員(雇用)』についていえば、『雇用の安定に向けた努力』、『真の女性活用』、『従業員への配分』の3つが重要です。『雇用の安定に向けた努力』は、人件費を抑制するために非正規雇用に頼り過ぎるのではなく、可能な限り、正規雇用を優先することを社会的責任のひとつとして認識すること。

『真の女性活用』では、仕事と育の両立のための環境を整備し、本格的に女性管理職を育成・登用すること。近年は女性活用に積極的な企業が増えましたが、諸外国と比ベるとまだまだ女性の労働参加率が低いのが実状です。今後の労働力人口の低下を考えでも、さらに女性を活用することが重要になってくるでしょう。『従業員への配分』に関しては、業績向上で生み出した利益を、株主だけでなく、従業員にも配分していくことが重要です。従業員の賃金や教育を、コストではなく『将来への投資』と捉える発想の転換が必要です。

『社会』に関しては、環境問題ヘの対応や格差の拡大ど、山積する社会問題の解決に取り組むことが大切です。社会が健全でなければ、企業の存続が難しくなります。また、社会問題に正面から取り組めば、社会的価値やプランド価値の向上につながりますし、新たな価値創造に結び付く種の発掘にもなります。理想的には、本業でステークホルダーとの協働によってイノベーションを起こして価値を創造し、『企業益』を出すと同時に、未来の社会に向けての『社会益』を生み出す。

このような『社会益共創企業』を目指すことが、自社の持続的な成長につながることはもちろん、持続可能な社会をつくることにもつながります。創業したてのスタートアップや、赤字経営に苦しむ中小企業の経営者は、社会のことまで考える余裕はないかもしれません。しかし、自社の状況にかかわらず視座を高く持つことができる経営者こそが企業を成長に導けるし、日本を引っ張っていけると私は考えています」(265ページ)

事業活動で得た利益は、株主への還元を増やせば従業員への配分は減るので、株主と従業員は対立する関係にあると言えます。また、環境問題や社会格差へ配慮した事業活動を行うことは、会社の負担を大きくすると考えることもできます。しかし、長期的な視点に立てば、従業員への処遇が悪い会社は業績を悪化させるし、社会への配慮が少ない会社は、経営環境を悪化させているということは、岩田さんのご指摘の通りです。したがって、株主、従業員、社会は、対立する関係ではなく、バランスをとりながら資源配分などを行っていくことで、会社を持続的に発展させることになるわけです。

では、どのようにそのバランスをとればよいのかというと、私は、まず、バランススコアカード(BSC)を使うことが効率的だと考えています。その代表例は、BSCを導入して、業績を黒字転換させた米国のサウスウェスト航空です。同社では、BSCによって従業員満足度を高める戦略をとり、それが顧客に提供するサービスの質をたかめることで業績を伸ばしました。また、同社は、大手の航空会社と異なり、ハブ空港(拠点空港)ではなく、主に地方空港間の直行便を運航し、地方都市の利便性を高めていることも特徴です。

繰り返しになりますが、経営者としては、業績を高めたいと考えることは当然ですが、現在は、株主からの評価ばかりに気をとられ過ぎると、かえって業績を悪化させるという認識が広まっていると思います。例えば、2023年3月から、上場会社には人的資本の開示が義務化されましたが、これは、人材投資など従業員への対応が不足する会社は業績を高めることができないという認識が広がっていることの現われだと思います。すなわち、従業員を重視しない会社は、株主からも評価されなくなってきているということです。

ただ、ここでもうひとつの課題があると、私は考えています。というのは、人材投資を行って業績を高めるという手法は、難易度が高いということです。それなりに経営者に人材育成や組織開発のスキルが必要ですし、また、それらの働きかけの効果が表れるまでには時間を要するからです。このような観点から、経営者のマネジメントスキルが大きく問われる時代になっていると言えます。

2026/4/18 No.3412

 

サプライチェーンの全体最適を目指す

[要旨]

アスクル前社長の岩田彰一さんは、同社を経営していたとき、「小アスクル」、すなわち、社員だけでは事業活動は成り立つことはできず、「大アスクル」、すなわち、物流センターで働く契約社員、派遣社員、お客様の開拓と与信・回収を担うエージェント、商品を開発・製造し提供するサプライヤ―、お客様のもとに商品を運ぶ物流パートナーなどによって事業活動は成り立っていると考え、これらステークホルダーとの関係を重視していった結果、業績を高めることができたということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんによれば、かつて、同社の名古屋の物流センターの設備の不具合により稼働停止になったとき、東京の本社の従業員の方、約100人が、自主的に「義勇軍」として、終業後に新幹線で名古屋に向かい、ピッキング作業などの支援を行いましたが、これは同社がラグビー型組織になっているから実現したことであり、このような組織づくりは一朝一夕にはできないことから、経営者の方は早めに組織づくりに取り組まなければならないということについて説明しました。

これに続いて、岩田さんは、事業活動は自社の従業員だけでなく、ステークホルダーも含めて行われていると考えているということについて述べておられます。「アスクルを経営していた時、私がよく口にしていた言葉に、『大アスクル』、『小アスクル』があります。『小アスクル』は社員です。小アスクルだけでは、アスクルは成り立ちません。

物流センターで働く契約社員さんや派遣社員さん、お客様の開拓と与信・回収を担うエージェントさん、商品を開発・製造し提供するサプライヤーさん、お客様のもとに商品を運ぶ物流パートナーさんなどを含めた『大アスクル』によって、アスクルは成り立っている、という意昧を込めた言葉です。アスクルの社員でなくても『大アスクル』の一員だと、言葉でいっていただけではありません。具体的な行動に移していました。たとえば、会社のクリスマスパーティには、社員や契約社員さんだけでなく、派遣社員さんやそのご家族もご招待しました。同じ大アスクルの一員として感謝の気持ちを伝えるためです。

私はサンタクロースの格好をして、執行役員たちも仮装して、ご招待した方たちへのささやかなお土産を総出で袋詰めしたり、会場をセッティングしたりと、ホスト役として皆さんをおもてなししていました。年1回、優秀な成績を収めたエージェントさんを表彰する『エージェントアワード』も開催していました。ホテルでのパーティ形式で、法人エージェントさんとエージェントさんのアスクル担当営業職個人の双方を表彰、賞金をお渡ししました。

また、物流会社のドライバーの方が、引っ越したばかりのお客様に商品を届けた際に、送り状の住所が以前のものになっていたのを見て、自分の配達エリアを越えて新居に届けてくださったことがあり、その方を表彰したこともあります。これらの取り組みは、少なからずコストがかかることです。しかし、それによって、派遣社員さんやエージェントさんなどのモチベーションをあげられることを考えれば、決して惜しくはないコストだと私は考えます」(246ページ)

私がこれまでご縁をいただいた中小企業の中には、事業活動に関わる会社との間で親睦会のような任意の組織をつくり、そのメンバーで忘年会や慰労会を開いたり、旅行に行ったりして、関係を深める活動を行っている例は珍しくありませんでした。そのような会社の経営者の方が、どれくらい意図していたかはわかりませんが、岩田さんと同じような考えをお持ちになり、関係強化を図っていたのだと思います。

とはいえ、ここでは、仕入先の会社や外注先の会社と関係を強化することが望ましいということだけを述べようということではありません。現在のような経営環境が複雑化しつつある状況においては、自社が直接雇用している従業員だけでなく、仕入先、外注先、銀行、株主、地域社会、自治体などのステークホルダーの重要性が増しているということです。一般的に、会社組織というと、役員と従業員で構成されていると考えられがちです。

それは、委任契約、雇用契約など、法律で明確な関係があるからでしょう。しかし、事業活動は仕入先や外注先などのステークホルダーの参加も必要であり、さらに、そのステークホルダーは役員、従業員と同じくらいの深い関係と協力が必要になっています。アスクルの場合、岩田さんは、商品を提供してくれるメーカーに対しては、採算が得られるものとなるように取引をしていたことから、メーカーから厚い協力を得ることができ、それがヒット商品の開発につながってきたのだと思います。

これは、サプライチェーンの観点から見れば、商品を販売する会社だけが利益が得ることができればよいという部分最適の考え方ではなく、商品を開発・製造するメーカーも利益が得られるようになる、すなわち、サプライチェーンの全体最適の考えによるものでしょう。そして、アスクルの利用者からみれば、よい商品を迅速に低価格で提供してもらえることを評価しているわけですが、それを実現するには、アスクルだけの利益ではなく、メーカーや物流会社も含めたサプライチェーンの全体最適が実現している方が、それを容易に行うことができると思います。

そこで、岩田さんは「大アスクル」という考え方に基づいて、ステークホルダーの全体最適を目指すことを通して、アスクルの業績も高めてきたのだと思います。現在も、一部には、仕入先や外注先との取引条件を厳しくして、自社の利益を増やそうとする会社も残っていますが、そのようなことをしても、一時的には利益を増やすことはできても、長期的には業績は頭打ちになるでしょう。

2026/4/17 No.3411

 

自律的組織は一朝一夕にはつくれない

[要旨]

アスクル前社長の岩田彰一さんによれば、かつて、同社の名古屋の物流センターの設備の不具合により稼働停止になったとき、東京の本社の従業員の方、約100人が、自主的に「義勇軍」として、終業後に新幹線で名古屋に向かい、ピッキング作業などの支援を行いましたが、これは同社がラグビー型組織になっているから実現したことであり、このような組織づくりは一朝一夕にはできないことから、経営者の方は早めに組織づくりに取り組まなければならないということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんがアスクルの社長時代、会社内での知識やノウハウの共有も大切と考え、例えば、MDの合宿を行い、今のカタログに対して顧客がどう評価をしていて、その結果がどのような数字になっているか、それを踏まえて次のカタログの企画をどうするかを、200~300人の前で発表してもらって、知識やノウハウを共有するとともに、優秀な発表をしたMDを表彰し、モチベーションアップも図っていたということについて説明しました。

これに続いて、岩田さんは、物流倉庫に不具合があったときは、本社の従業員の方が支援をしていたということについて述べておられます。「アスクルは、社名の通り、『明日来る』をお客様との約束にしていましたが、まれに、設備の不具合などで、物流センターがストップすることがありました。その時、本社の社員が『義勇軍』として、自主的に手伝いに行ってくれたのです。名古屋のセンターがストップした時は、終業後に100人ほどが東京から新幹で名古屋に向かい、夜中に商品のビッキングを手伝って、翌朝に現場の人に引き継いで帰る、といったことをしてくれました。

有志が集まった急ごしらえのメンバーなので、リーダーシップをとる人は自然発生的です。物流部門の社員から管理部門の社員まで、皆が自主的に手を挙げてリーダーを決めていました。役員も現場の若い係長クラスの社員の指示に従い、全員が一丸となって物流センターのビンチを乗り切ったのです。会社のために、今、自分が何をすベきか、何ができるかを考えて行動するのはまざにラグビー型組織です。

埼玉県の物流センターの大火災が起きた時も、のべ約4,600人の社員が物流センターに『義勇軍』として入り、出荷作業をしてくれました。もちろん、『義勇軍』は社員に時間外労働をしてもらう行為なので、残業代も支給しましたし、代休を取得できるようにもしました。ただ、参加した社員の評価は高くし、参加しなかった社員の評価は低くするといったことはせず、人事評価にはいっさい反映させませんでした。

介護、子育て、体調など、さまざまな理由で参加できない社員もいます。もしかすると社員のなかには、当事者意識を感じて自主的に参加したのではなく、周囲の人が行くので仕方なく参加していた人もいたかもしれません。しかし、現場で働く『義勇軍』を見ていると、モチベーションが高く、嬉々として働いていました。そうやって大勢の社員が自主的に動き、楽しそうに働いてくれたことは、率直にいって、とても嬉しいkとでした。

また、スタッフ部門の社員が『義勇軍』に参加することで、日常では触れることのない物流センターの業務やその大変さを知り、自分の業務に活かせるようになったり、部署や役職に関係なく協力して作業をすることで社員同士の横のつながりができたりと、副次的な効果もあったようです。振り返ってみると、ラグビー型組織をつくるのは簡単にはいかないと感します。

オフィスをフラットにしたり、役職をなくしたりするぐらいでは、そうした組織はつくれないでしょう。週1回の朝礼を20年以上続けたり、さまざまな立場のスタッフが『知を共有する仕組み』を回したりと、経営者も社員も意識し続けながら時間と労力をかけて、ようやく実現することだと思います。また、他の会社を見ていて思うのは、創業当初に生まれた自律的な組織の文化が崩れていくのはあっという間だということです。組織が成長し始めたら、早い段階から取り組んだほうがいいと思います」(226ページ)

アスクルの「義勇軍」については、他社でも同様のことが行われることは珍しくないと思います。ある会社のある部門がピンチになったとき、他の部門がその部門を助けるということは少なくないでしょう。しかし、岩田さんがお伝えしようとしていることは、東京にある本社の従業員の方が名古屋の物流センターの義勇軍になったことは、そのほどんどが会社からの指示ではなく、自らの意思だったということだと思います。

というのは、アスクルの「義勇軍」では、「自主的に手を挙げてリーダーを決め」て支援を行ったり、「役員も現場の若い係長クラスの社員の指示に従」ったりしたというのは、「明日来る」という提供価値を維持するという志のもとに活動しているのであり、会社や上司の指示という面は薄いでしょう。そして、大切なことは、このような活動ができる組織が「ラグビー型組織」であり、そのような組織は一朝一夕ではつくることができないので、経営者の方が時間と労力をかけなければならないということだと思います。

この役目は、アスクルでは社長であった岩田さんが担ったわけですが、繰り返しになりますが、時間と労力を要することであるから、岩田さんはご著書で、「組織が成長し始めたら、早い段階から取り組んだほうがいいと思」うと強調しておられるのでしょう。アスクルが競争力の高い会社になったのは、「明日来る」という提供価値をつくっているからであり、その提供価値をつくるのは、ラグビー型組織であり、そのラグビー型組織をつくったのは岩田さんを始めとした経営者だということです。ただ、組織づくりという課題は難易度が高いために、それに消極的である経営者の方も少なくないと、私は感じています。

2026/4/16 No.3410

 

ノウハウの共有は競争力と士気を高める

[要旨]

アスクル前社長の岩田彰一さんは、同社社長時代に、会社内での知識やノウハウの共有も大切と考え、例えば、MD(マーチャンダイザー)の合宿を行い、今のカタログに対して顧客がどう評価をしていて、その結果がどのような数字になっているか、それを踏まえて次のカタログの企画をどうするかを、200~300人の前で発表し、優秀な発表をしたMDを表彰していたので、MDにとってもモチベーションアップにつながっていたようです。また、この発表によって、他のMDが顧客や世の中の動きに対してどのように考えているのかがわかり、自分の仕事に活かすことができるようになり、業績の向上につながったということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんがアスクルの社長時代、同社がラグビー型組織になることを目指していましたが、ラグビーボールがどこに転がっているかがわからなければ適切なプレイができないように、会社や部署が置かれている現状がよくわからなければ、ラグビー型組織が機能しないため、毎週、朝礼を開き、良いとことから悪いことまで、会社の現状に関する情報をすベての社員と共有したということについて説明しました。これに続いて、岩田さんんは、情報だけでなく、ノウハウの共有も大切であるということについて述べておられます。

「情報だけでなく、仕事のノウハウも共有することが必要だと考え、『知の共有』の仕組みも用意しました。半年に1回、3日間、軽井沢なとで行っていた『MD合宿』は、そのひとつです。担当力テゴリーを持っている50~60人のMD(Merchandiser、マーチャンダイザー、商品企画担当の専門職)が、今のカタログに対してお客様がどういう評価をしていて、どのような数字になっているか、それを踏まえて次のカタログの企画をどうするかを、200~300人の前で発表するのです。

隠すことなく手の内を発表することで、他のMDがお客様や世の中の動きに対してどのように考えているのかがわかり、自分の仕事に活かすことができます。優秀な発表をしたMDを表彰していたので、MDにとってもモチベーションアップにつながっていたようです。また、『テクノロジーサミット』と題し、デジタルに明るくない従業員のために、エンジニア職の社員が最新のデジタルスキルをレクチャーするイベントも行っていました。エンジニアにとっても、檜舞台(ひのきぶたい)に出てきて発表できるので、モチベーションがあがります。

エージェントさん(アスクルの代理店)に関しても、アスクルのカタログ発刊のタイミングに合わせてプロックごとに集まっていただき、新力タログのコンセプト、新商品や新サービス、トビック、セールスポイントなどの情報を共有するとともに、現状のサービスに対する評価、今後の方向性などについて、エージェントさんからのご意見を伺う『ネットワーク会議』も、創業当初から行っていました。これらの仕組みは、共有知をつくるだけでなく、企業文化の伝承にもつながったと思います」(223ページ)

会社における組織活動のメリットは、従業員の方が、会社に過去から蓄積されてきた知識やノウハウや、同僚が新たに獲得したそれらを共有し、事業活動に活用できることです。このような知識やノウハウは、現在のような経営環境が不透明な時代においては重要性が増しつつあります。近年、M&Aが活発になっている背景には、買収する会社のノウハウを直ちに取得できる、すなわち、自ら新事業に進出してノウハウを蓄えるよりも、すでに開業している会社を買収することの方が、ノウハウを蓄える時間を短縮できるという利点もあるようです。

さらに、最近は、競争力の源泉は会社の持つ知識やノウハウに移りつつあると考えられるようになり、M&Aにおける「のれん代」(買収価額と、買収される会社の帳簿上の純資産の額の差額)、すなわち、ノウハウとして評価される金額が大きくなりつつあるようです。このような観点からも、会社内で知識やノウハウを共有することは、さらに重要になっているということがご理解できると思います。

では、知識やノウハウの共有をどのように行うのかということですが、アスクルではMD合宿、テクノロジーサミット、ネットワーク会議などを行っているわけです。私は、知識やノウハウの共有は、アスクルのような方法に限らないと思いますので、会社の状況によって工夫するとよいと思います。

ちなみに、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工は、同社を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」によれば、かつて、経営改革を進める中で、「名人」や「達人」をつくらないようにしたそうです。というのは、仕事が名人に属人化していると、その名人が他社に引き抜かれたときに事業が継続できなくなったり、また、そのような状況がわかっているために、名人が経営者に反抗的になったりするからです。そこで、同社創業者の吉原博さんは、仕事が属人化しないよう、社員間で情報やノウハウの共有を進めていったそうです。

こういった、人材育成によるノウハウの共有化は、同社の競争力を高めることにつながっているようです。また、これはアスクルにも吉原精工にも共通していますが、ノウハウを共有することは、その過程を通して従業員の方の満足度を高めるという副次的効果もあります。したがって、業績を高めると同時に、従業員の満足度も高めたいと考えている経営者の方は、社内の知識やノウハウを共有するという活動に着手することをお薦めします。

2026/4/15 No.3409

 

情報の共有なしに適切な活動はできない

[要旨]

アスクル前社長の岩田彰一さんは、同社社長時代に、ラグビー型組織を目指していましたが、ラグビーボールがどこに転がっているかがわからなければ適切なプレイができないように、会社や部署が置かれている現状がよくわからなければ、ラグビー型組織が機能しないため、毎週、朝礼を開き、良いとことから悪いことまで、会社の現状に関する情報をすベての社員と共有したそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんがアスクルの社長時代に、同社を、会社がどういう状況かを把握しながら、今何をすベきか、何が必要かをひとりの社員が考えて、自由に動くラグビー型組織にしようとしたそうですが、それは口で伝えるだけでは不十分と考え、岩田さんの意思を社内に浸透させるために、権威を示すものである「権威装置」、すなわち、社長の専用室をつくったり、上司の席を上座においたりすることを一切排除したということについて書きました。

これに続いて、岩田さんは、ラグビー型組織が機能するよう、情報の共有を進めたということについて述べておられます。「ラグビーボールがどこに転がっているかがわからなければ適切なプレイができないように、本気でラグビー型組織を目指していることがわかっても、会社や部署が置かれている現状がよくわからなければ、自分で判断して行動することはできません。また、当事者意識も湧いてこないでしょう。

そこで、良いとことから悪いことまで、会社の現状に関する情報をすベての社員と共有しました。まずは、毎週月曜の朝礼で、私から直接、社員にさまざまな情報を伝えるようにしました。『今、どの部署でどんなことを進めているのか』といった現状報告や、お客様からほめられたことやお叱りを受けたこと、『お客様のために進化する』という理念を体現するエビソードなどの共有です。

朝礼は多くの会社で行っていると思いますが、おそらく他社と異なるのは、自由参加にしたことです。私が面白くないことをいえば、朝礼に参加する人は少なくなります。社員に『参加してよかった』と思ってもらえるよう、毎週、土日から朝礼開始の直前まで粘って、何を話すかを考えていました。朝礼とその前に悩む習慣は、20年以上続けました。

また、オフィスをフラットにしたことには、会社に関する情報を『見える化』する意味合いもありました。オフィスの中央に、立ったままミーティングをするオープンスペースを設け、物流センターのトラプルなどがあると、ここに関係者を集めて緊急会議をしていました。オープンスペースなので、会議に参加していなくても、横を通れば何かが起きていることやその緊張感がわかります。

そうしたマイナスの情報を共有することも、大切だと考えていました。オフィスが手狭になり、上下2フロアに拡張した時に、フロアの中央に大きな穴をあけ、らせん階段をつくったことも、情報をオープンにして共有するためです。改修費がかなりかかったのですが、それだけ、情報の風通しをよくすることは重要だと考えていました」(221ページ)

組織の3要素は、共通目的、貢献意欲、コミュニケーションと言われていることからも分かる通り、組織活動において、コミュニケーションはたいへん重要です。また、岩田さんが、「会社や部署が置かれている現状がよくわからなければ、自分で判断して行動することはできないし、当事者意識も湧いてこない」とご指摘しておられますが、従業員の方たちが自律的に活動する組織を目指すのであれば、コミュニケーションはより重要であるということです。

しかし、コミュニケーションは重要と理解しつつも、それを活発にすることができない会社は少なくないようです。その要因の1つ目は、経営者の方は、自分が考えていることは、部下の方も理解していると思ってしまう方が少なくないということです。もちろん、口にしていないことは、他人には伝わらないということは、誰でもわかることです。

ところが、自分が考えていることは部下の方にも伝わっていると考えてしまう人は、どういうわけか、自分が考えていることは部下に伝えていると考えてしまうことがあるようです。これは、私にも経験があるのですが、そういう人が経営者の場合、部下に対して、「この前指示した件は、その後、どうなった?」というようなことをきくことがありますが、部下としては、「何もきいていない」ということがあります。

また、そういう経営者の方の言動は、部下の方から見ると、朝令暮改のように映ります。例えば、朝に部下の方に伝えたことが、昼になって考えがかわり、まったく別の考えになったものの、その考えが変わったことを部下の方に伝えずに、夕方になると、朝に伝えたことと別のことを部下の方に話すので、部下の方からすれば、「朝に言われたことはどうなったの?」と思ってしまいます。

これは、朝礼暮改が問題なのではなく、考えを変えたこを伝えれば、朝令暮改の行動をしても、それほど疑問に持たれることはないでしょう。これに対し、経営者の方は、「経営環境の変化が激しいし、判断するための情報がたくさんあるので、経営者の考えが頻繁に変わることは当然だろう」と考える方もいると思います。でも、問題なのは、考えが変わることではなく、考えを変えたことを部下の方に伝えなければ、部下の方は混乱するということです。

したがって、経営者の方は、意識して、自分の考えを部下の方に伝え、「また、同じことを言っている」と部下の方に思われるくらいがよいのではないかと思います。(とはいえ、過去の「武勇伝」を何度も部下に話す経営者の方がいますが、そういう「武勇伝」を部下の方が聞いてもあまり役に立たないと思うので、控えた方がよいと思います)

ちなみに、かつて、業績が低迷していたテーマパークのサンリオピューロランドの業績を回復させたことで知られる、同園を運営するサンリオエンターテイメント社長の小巻亜矢さんのご著書、「サンリオピューロランドの魔法の朝礼」によれば、小巻さんは、1回約10分の朝礼を、1日に12回行うようにしたそうです。

まず、朝礼を12回も行う理由について疑問に感じる方が多いと思いますが、これは、パートタイムの従業員の方はそれぞれ出勤時刻が異なるため、全員が朝礼に参加できるよう、12回行うことにしたということです。ですから、早く出勤する方は早い時刻に開かれる朝礼にだけ参加することになり、遅く出勤する方は遅い時刻に開かれる朝礼にだけ参加することになります。こうすることで、出勤する時刻が異なっても、全員が同じ情報を得ることができます。

そして、朝礼で情報を共有することは、当日のイベントなどをきちんと把握できるため、ゲストから質問されてもきちんと回答できるようになり、そのことがゲストからの評価を高め、業績の向上につながったようです。一方で、朝礼などを行うと、その間は事業活動は停止するので、時間の無駄になると考える方も少なくないようです。これについては、朝礼そのものが無駄になるのではなく、伝える内容によって効果があるかどうかを判断すべきだと思います。

むしろ、部下の方たちに伝えるべき内容が伝わっていなければ、業績を下げてしまうことになりかねません。だからこそ、岩田さんは、朝礼を自由参加にしたのだと思います。参加して無駄と部下の方が感じる朝礼は、無意味なものと判断できますから、岩田さんは、時間と労力をかけて朝礼で伝える内容を検討し、部下の方に参加してよかったと感じてもらえるような朝礼にしていったことで、効果のあるコミュニケーションを実践できたのでしょう。

2026/4/14 No.3408

 

『権威装置』を会社から一切排除する

[要旨]

アスクル前社長の岩田彰一さんは、同社社長時代に、同社を、会社がどういう状況かを把握しながら、今何をすベきか、何が必要かを、ひとりの社員が考えて、自由に動く、ラグビー型組織にしようとしたそうです。しかし、それは口で伝えるだけでは不十分と考え、岩田さんの意思を社内に浸透させるために、権威を示すものである「権威装置」をなくそうと考え、社長の専用室を設けること、上司の席を上座におくことといったことを一切排除したそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんによれば、ベンチャーキャピタル(VC)を利用すれば、実績のない会社でも多額の資金を調達することが可能であるものの、いったん、VCから資金を調達すると、経営の自由度は低くなり、また、資金調達コストも高くなるので、自社の状況を十分に検討してから利用することが望ましいということについて書きました。

これに続いて、岩田さんは、アスクルをラグビー型組織にしようとしたということについて述べておられます。「会社がどういう状況かを把握しながら、今何をすベきか、何が必要かを、ひとりの社員が考えて、自由に動くのが、ラグビー型組織です。『私は○○という職種だから、この仕事しかしない』とはいわず、必要ならばポジションの枠を超えて必要な仕事をします。皆でひとつのものをつくり、皆で助け合って、自分の弱みや足りないものを皆が補完し合う。皆が仲間で、ある種、家族的な組織です。

ビジネス用語を使うとしたら、現場に多くの裁量が与えられていて、現場で柔軟に物事を判断し動いていく『アジャイル型組織』が最も近いでしょう。ラグビー型組織をつくるために、アスクルではさまざまな施策を行いました。まずは『本気でラグビー型組織を目指している』というメッセージを、すベての社員に伝えることです。『社員はみんな平等』、『会社の状況を把握して、何をしたらいいかを自分で考えて、自由に動いていい』、『ポジションの枠を超えた仕事をしていい』。

こうしたことが全社員に浸透していないと、怖くて思い切ったことができません。私自身、そうしたメッセージを事あるごとに言葉で発信していましたが、それだけでは十分に伝わりません。そこで徹底したのが、『権威装置』をなくすことです。権威装置とは、ある人の権威を示すもののことです。役職はもちろん、『社長室のような専用室を設ける』、『管理職の机の位置を上座にする』、『役職者の机やイスを一般社員のものより高価なものにする』といったことも、権威装置の一種です。

こうしたものがあると、いくら口先で『平等』とか『自由に動いていい』といっても信用されません。そこで、これらを一切排除しました。組織形態も、役職こそ設けましたが、なるベくフラットにしました。また、皆がフラットな関係であることが視覚的にもわかるよう、2001年に開設した東京・辰巳の本社も、仕切りなどのないオープンでフラットなオフィスにしました。一般社員も派遣社員も役員も、もちろん社長の私も、すベての社員が同じ机とイスで仕事をするようにしたのです。社長室もありません。

外資系企業から転職してきた幹部社員に『私の個室はないんですか?』といわれましたが、つくりませんでした。フラットなオフィスだと、パワハラのようなことがあると筒拔けになります。誰かが誰かを怒鳴っているようなことがあれば、オフィスのどこからでもすぐにわかるので、その人を呼び出して厳しく注意しました。これも、権威を排除するメッセージを全社に伝えるためです」(218ページ)

現在のような、経営環境の変化の激しい時代は、岩田さんがご指摘しておられるようなラグビー型組織、すなわち、事業現場にいる人たちになるべく権限を委譲して、それぞれの判断で自律的に活動する組織が望ましいということは、ほとんどの方がご理解されると思います。ところが、このような組織をつくることは、頭で考えているよりも、意外と難しいということも現実だと思います。その組織づくりの難しさ要因のひとつは、岩田さんが挙げている「権威装置」です。

事業現場の従業員は、経営者が口では「現場の判断に任せる」と言っているものの、本当にその判断を尊重してくれるのか、いぶかしがることが多いでしょう。その疑問がなくならないうちは、表向きは権限委譲が行われても、実際には、現場での判断は行われません。だからこそ、岩田さんは、社長の個室を設けないなどの「権威装置」をなくすことを徹底したのだと思います。繰り返しになりますが、この権限委譲は、理屈では理解できても、感情面でなかなか受け入れてもらいにくい面があるので、それだけ、経営者は時間をかけ、様々な工夫をすることが求められています。

例えば、高級ホテルのザ・リッツ・カールトンには、従業員に200ドルまでの支出の決裁権限(200ドルルール)が与えられているということは有名です。それを示す有名なエピソードとして、宿泊客がホテルに忘れた書類を、従業員がその決裁権限を使って、新幹線に乗って大坂から東京まで届けたというものは有名であり、それくらい同ホテルは顧客満足を重視していると、多くの人が考えているようです。しかし、この200ドルルールは、本当は、顧客満足のためのルールではなく、従業員に権限委譲をしていることを納得させるためのルールであるとも言われています。

というのは、経営者が、「お客様を大切に考え、顧客満足度を高めるように、自分の判断で接客しなさい」と伝えるよりも、「あなたに、お客様を満足させるための、200ドルまでを支出する権限を与えます」と伝えることの方が、従業員の方は、経営者は本当に自分に権限委譲をしようとしていると信じることができるでしょう。そして、そのような従業員が働いているホテルでは、宿泊客は、実際に200ドルを使った接客をしてもらえなくても、顧客満足を実感できるのではないかと思います。

すなわち、経営者が部下たちに権限委譲をすることは、口頭だけでは信じてもらうことは難しいので、岩田さんのように「権威装置」を徹底してなくしたり、ザ・リッツ・カールトンのように200ドルルールをつくったりするなど、それを裏付ける取り組みが必要なのだと思います。もちろん、その前に、口では部下に権限委譲をしたいと言っていても、心の中では、「部下は、上司である自分が考えていることをソンタクして意思決定を行い、動くべきだろう」と考えている経営者が経営する会社は、実効性のある嫌煙委譲が進むことはないということは言うまでもありません。

2026/4/13 No.3407

 

VCからは多額の資金を調達できるが…

[要旨]

アスクル前社長の岩田彰一さんによれば、ベンチャーキャピタル(VC)を利用すれば、実績のない会社でも多額の資金を調達することが可能であるものの、いったん、VCから資金を調達すると、経営の自由度は低くなり、また、資金調達コストも高くなるので、自社の状況を十分に検討してから利用することが望ましいということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんによれば、アスクルが、2017年に、埼玉県にある大型物流センターで大規模な火災が発生しましたが、火災後の初動を間違えずに、自社は加害者であると認識し、できる限りのことすベて迅速に行ったこと、事前にトラブルに対応できる社内のチームをつくっていたことから、災後の対応について一定の評価を得られたということについて説明しました。

これに続いて、岩田さんは、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達について述べておられます。「資金調達の形には、大きく分けて、エクイティとデットの2つがあります。エクイティとは『株主資本』のことで、自社の株式の一部をVCやエンジェル投資家などに分配することで資金を調達します。VCが出資する目的は、IPO(新規株式公開)やM&Aなとで値上がりした株式を売却して利益を得る、キャピタルゲインです。

一方、デットは『他人資本』、『負債』のことで、銀行からの借り入れや社債発行などによる資金調達です。創業から間もないスタートアップがデットで億単位の資金調達をするのは現実的ではありません。銀行は過去の実績を基準に融資を判断するので、実績のないスタートアップにはお金を貸してくれないからです。中小企業に優しい信用金庫や日本政策金融公庫などから惜りられたとしても数千万円程度です。

一方、VCやエンジェル投資家は『将来性』、『成長性』を基準に出資をするので大きく成長する見込みがあれば、実績がなくでも出資してくれる可能性があります。ただ、エンジェル投資家は個人投資家なので出会うのが難しく、また、私が経営しているフォース・マーケティングアンドマネージメントも同様ですが、出資するとしても資金が限られ、起業準備段階のシード期の出資が中心となります。

しかしVCなら、シード期でも数千万円、起業して事業が軌道に乗るまでのアーリーステージだと数億円を調達することも見込めます。複数のVCから調達できれば、数年間で10億円以上の資金を得ることも可能です。ですから、アーリーステージ以降に億単位の資金調達をするには、VCから調達するのが一般的です。しかし、VCから資金を調達した途端、経営者は重荷を背負いこむことになります。早期のIPOかM&Aを求められるからです。

しかも、ハイリターンを期待されます。業績が伸び悩めば、VCから厳しく追及されます。実際に事業をしているわけではない、現場を知らないVCの担当者から『ああしろ』、『こうしろ』と意見され、それを飲まなければならないこともあるでしょう。短期的な収益を求められた結果、本当はやりたくなかった事業をしなければならなくなった、という例もよく聞かれます。経営の自由度が下がり、自分の意志を貫く経営をし続けることが難しくなります。

また、上場の準備にもさまざまなコストがかかります。実は、他の資金調達手段と比ベると、ものすごく資本コストが高いのです。億単位の資金をVCから調達し、最初は喜んでいたものの、後からプレッシャーの重さに気づいて苦悩するスタートアップの経営者を、私はたくさん見てきました。さらに最近では、東証が上場基準を高くするという話が出ています。今後はさらにIPOが難しくなるので、出資先へのプレッシャーがさらに強まるかもしれません。

とはいえ、多くのベンチャー企業がVCから多額の資金調達をしています。自社も同じようにしないと、他のスタートアップや後発で参入してくる大企業に勝つのは厳しくなるかもしれません。もちろん、すベてのスタートアップにVCから声がかかるわけではありませんが、将来性の高い事業を手がけるスタートアップ経営者は、こうした悩みに直面する可能性があります。多額の資金調達と経営の自由度を両立させたいが、現実的には難しい。ならば、どういう選択をするか。そんな決断を迫られるのです」(174ページ)

岩田さんは、VCについて、「経営の自由度が下がる」、「資本コストが高い」という特徴をご指摘しておられます。これは、VCが、実績がない会社に対しても(とはいえ、将来性が見込むことができる会社に限られますが)、多額の資金を提供してくれることの見返りの特徴でもあるので、よいか悪いかではなく、会社のそれぞれの状況に応じて、判断すべきことだと思います。

そして、このVCの特徴の裏返しの特徴を持つ資金調達方法が、銀行からの融資です。すなわち、銀行は、実績のある会社に、限定的な金額の資金しか提供しませんが、調達コストは低く、経営の自由度も損なうことはありません。念のために説明すると、銀行も、「貴社の事業方針を変えなければ、融資を引き上げる」というような銀行の意向を融資相手の会社に伝え、それが、その会社の経営判断に大きな影響を与えることはあります。しかし、銀行は、あくまで部外者の立場です。

一方、VCは、資金の提供を受けた会社の株主であり、議決権を持っています。場合によっては、社長を解任することもできるので、銀行と比較して、圧倒的な影響力を持っています。話をもどすと、VCと比較すると、銀行からの融資は容易であるということがご理解できると思います。というのも、VCは実績のない会社に多額の資金を提供することがあるとはいえ、それは、資金提供を受ける会社が説得力のある説明を行うことが前提です。

一方、銀行、特に地域金融機関では、それほど詳細な説明がなくても融資に応じてくれることが多いです。そして、日本の会社のうち、年商10億円未満の会社が約90%、年商1億円未満の会社が約50%と言われていますので、ほとんどの会社は、VCを利用せず、銀行からの融資だけで十分資金調達が可能です。とはいえ、多くの中小企業経営者の方は、「銀行は希望通りの金額の融資に応じてくれない」、「融資を受けようとすると、たくさんの資料の提出を要求される」と不満をお持ちだと思います。しかし、それらは、資金調達コストの低さや、経営の自由度が高いという条件を考えれば、納得できる範囲のものではないかと思います。

2026/4/12 No.3406