[要旨]
アスクル前社長の岩田彰一さんによれば、会社を持続的に成長させるうえで重要なことは、「三面鏡経営」を実践することだそうです。これは、資本市場(株主)だけでなく、従業員(雇用)や社会を加えた3つの鏡で自社の行動を映しながら、中長期の観点で価値を創造する経営のことだそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、アスクルの前社長の岩田彰一郎さんのご著書、「起業家になる前に知っておいてほしいこと-経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、岩田さんは、アスクルを経営していたとき、「小アスクル」、すなわち、社員だけでは事業活動は成り立つことはできず、「大アスクル」、すなわち、物流センターで働く契約社員、派遣社員、お客様の開拓と与信・回収を担うエージェント、商品を開発・製造し提供するサプライヤ―、お客様のもとに商品を運ぶ物流パートナーなどによって事業活動は成り立っていると考え、これらステークホルダーとの関係を重視していった結果、業績を高めることができたということについて説明しました。
これに続いて、岩田さんは、会社を持続的に発展させるためには、資本市場、従業員、株主との3者のバランスをとることが大切だということについて述べておられます。「自ら企業を経営し、さまざまな企業を見てきたなかで痛切に感じることは、企業を持続させることの難しさです。急成長を遂げて脚光を浴びても、数年後には失速していく企業は枚挙に暇がありません。企業を持続的に成長させるうえで私が重要だと考えているのは、『三面鏡経営』を実践することです。
これは、経済同友会の社会的責任経営委員会の委員長を務めていた2009年に、経済同友会からの政策提言で言及したキーワードです。簡単にいうと、『資本市場(株主)』だけでなく、『従業員(雇用)』や『社会』を加えた3つの鏡で自社の行動を映しながら、中長期の観点で価値を創造する経営のことです。本来の持続可能な経営を目指すには、『資本市場(株主)』という鏡だけでなく、さまざまな角度から自らの姿を映すことができるバランスの取れた鏡、いわば『三面鏡』によって自らの行動を映し、どの鏡で見ても良い顔になるように努めること。すなわち、『三面鏡経営』を実践することが重要である。
私は、そう考えてアスクルを経営してきました。『従業員(雇用)』についていえば、『雇用の安定に向けた努力』、『真の女性活用』、『従業員への配分』の3つが重要です。『雇用の安定に向けた努力』は、人件費を抑制するために非正規雇用に頼り過ぎるのではなく、可能な限り、正規雇用を優先することを社会的責任のひとつとして認識すること。
『真の女性活用』では、仕事と育の両立のための環境を整備し、本格的に女性管理職を育成・登用すること。近年は女性活用に積極的な企業が増えましたが、諸外国と比ベるとまだまだ女性の労働参加率が低いのが実状です。今後の労働力人口の低下を考えでも、さらに女性を活用することが重要になってくるでしょう。『従業員への配分』に関しては、業績向上で生み出した利益を、株主だけでなく、従業員にも配分していくことが重要です。従業員の賃金や教育を、コストではなく『将来への投資』と捉える発想の転換が必要です。
『社会』に関しては、環境問題ヘの対応や格差の拡大ど、山積する社会問題の解決に取り組むことが大切です。社会が健全でなければ、企業の存続が難しくなります。また、社会問題に正面から取り組めば、社会的価値やプランド価値の向上につながりますし、新たな価値創造に結び付く種の発掘にもなります。理想的には、本業でステークホルダーとの協働によってイノベーションを起こして価値を創造し、『企業益』を出すと同時に、未来の社会に向けての『社会益』を生み出す。
このような『社会益共創企業』を目指すことが、自社の持続的な成長につながることはもちろん、持続可能な社会をつくることにもつながります。創業したてのスタートアップや、赤字経営に苦しむ中小企業の経営者は、社会のことまで考える余裕はないかもしれません。しかし、自社の状況にかかわらず視座を高く持つことができる経営者こそが企業を成長に導けるし、日本を引っ張っていけると私は考えています」(265ページ)
事業活動で得た利益は、株主への還元を増やせば従業員への配分は減るので、株主と従業員は対立する関係にあると言えます。また、環境問題や社会格差へ配慮した事業活動を行うことは、会社の負担を大きくすると考えることもできます。しかし、長期的な視点に立てば、従業員への処遇が悪い会社は業績を悪化させるし、社会への配慮が少ない会社は、経営環境を悪化させているということは、岩田さんのご指摘の通りです。したがって、株主、従業員、社会は、対立する関係ではなく、バランスをとりながら資源配分などを行っていくことで、会社を持続的に発展させることになるわけです。
では、どのようにそのバランスをとればよいのかというと、私は、まず、バランススコアカード(BSC)を使うことが効率的だと考えています。その代表例は、BSCを導入して、業績を黒字転換させた米国のサウスウェスト航空です。同社では、BSCによって従業員満足度を高める戦略をとり、それが顧客に提供するサービスの質をたかめることで業績を伸ばしました。また、同社は、大手の航空会社と異なり、ハブ空港(拠点空港)ではなく、主に地方空港間の直行便を運航し、地方都市の利便性を高めていることも特徴です。
繰り返しになりますが、経営者としては、業績を高めたいと考えることは当然ですが、現在は、株主からの評価ばかりに気をとられ過ぎると、かえって業績を悪化させるという認識が広まっていると思います。例えば、2023年3月から、上場会社には人的資本の開示が義務化されましたが、これは、人材投資など従業員への対応が不足する会社は業績を高めることができないという認識が広がっていることの現われだと思います。すなわち、従業員を重視しない会社は、株主からも評価されなくなってきているということです。
ただ、ここでもうひとつの課題があると、私は考えています。というのは、人材投資を行って業績を高めるという手法は、難易度が高いということです。それなりに経営者に人材育成や組織開発のスキルが必要ですし、また、それらの働きかけの効果が表れるまでには時間を要するからです。このような観点から、経営者のマネジメントスキルが大きく問われる時代になっていると言えます。
2026/4/18 No.3412






