[要旨]
ドラッカーは、著書の中で、「本質において一致、行動において自由、全てにおいて信頼」という、カトリック教会のスローガンを紹介しています。これは、一般の事業活動にもあてはまり、会社内でミッションを共有していれば、細かなルールやマニュアルは不要となり、顧客に対して質の高い対応が可能となって、競争力が高まると言えます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの岩田松雄さんのご著書、「共感型リーダー-まわりが自然と動く、何歳からでも身につく思考法」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、ドラッカーは、著書の中で、ある看護師のエピソードを紹介しており、彼女は、病院が何か新しい施策や取り組みをしようとすると、「それは、患者さんにとっていちばんよいことでしょうか?」と質問し、これによって、彼女の同僚に、病院のMVVを意識させていたということについて説明しました。
これに続いて、岩田さんは、ミッションの共有の重要性について述べておられます。「ドラッカーの本の中に、カトリック教会の、こんなスローガンが紹介されています。『本質において一致、行動において自由、全てにおいて信頼』私が、この言葉に出会ったのが、ちょうどスターバックスの社長になったばかりのころでした。『私はこの方針でやっていきたい』と全社員に向けての最初のマネジメントレターで紹介しました。本質、つまり、ミッションをきちんと共有していれば、細かなルールなど作らず、実際の行動は自由。みんな自分で考えてやれば大丈夫。ただし、その大前提として、互いに信頼し合うことが必要です。
誰かの行動の背景や理由をすべて他の人に知ってもらうことは不可能です。お互いの信頼感がなければ、その行動に対して、『なんであんなことをしているんだ』と、不信感が募ってしまいます。しかし、信頼感があれば、『きっとその行動には何か理由があるのだろう』と、不信感を持たずに済みます。ルールや規則というのは、それを行う人への信頼がないからつくられていくものです。しかしながら、世の中や状況がどんどん変化して行き、すべてのケースに対応できる完璧なルールブックなどあり得ません。放っておくと、どんどん行動を制限するルールばかりが増えていってしまいます。
でも、裏を返せば、本質において一致するミッション(『何』をではなく、『なぜ』やるのか?)が共有できて、お互いに信頼し合えれば、細かなルールなんて必要ありません。その時々の状況に応じて、自分で判断して行動する自由が与えられます。会社が大きくなってくると、組織が官僚化していきます。一人が不祥事を起こせば、その再発防止が叫ばれ、あたかも皆が犯人かのようなルールやマニュアルがどんどん増えていきます。何センチもある分厚いマニュアルを、誰が覚えることができるのでしょうか?
私は、それよりも、自分達は何のために働いているのかという、『ミッション』さえきちんと共有化しておけば良いと思います。(中略)私が、著書でも、講演でも、よくご紹介するFさんのお話があります。スターバックスのお店のパートナーのFさんに憧れていた女子高生が、心臓病手術のためにアメリカに出発する早朝に、Fさんは、シナモンロールを駅に届けに行ってくれました。残念ながら、その女子高生は帰らぬ人となりましたが、お父様から感謝のお手紙をいただき、私は知りました。Fさんは、自分がルール違反をしているとわかっていたと思います。
しかし、クビになると思ったら、決してやらなかったと思います。でも、スターバックスのミッションに照らせばやるべきだと考え、行動してくれたのです。つまり、彼女は会社を信頼してくれたのです。私も、マネジメントレターで、この話を全店に伝え、Fさんを褒めました。これがスターバックスだと。でも、全店で、毎朝、シナモンロールをデリバリーすれば、人が足りなくなってしまいます。そんなバカなことをしないだろうという前提が、私の中にあります。
つまり、パートナー達を信頼しているから言えるのです。一般的に、企業では、一人が不祥事を起こせば、あたかもみんなが犯人かのように、ルールやマニュアルを作ろうとします。しかし、ミッションさえお互いが共有していれば、そんな細かなルールやマニュアルは要らないのです。スターバックスのように、ミッションが隅々まで浸透している企業では、数多くの感動的なエピソードが生まれます。そのエピソードを共有することで、さらに浸透していきます」(190ページ)
細かなルールを決めて、それに基づいて活動しようとすることを、細則主義と言いますが、それとは逆に、ミッションなどの理念や原則などだけが示され、実際の活動は、組織の構成員が原則に基づいて判断して行おうとすることを、原則主義といいます。原則主義は、岩田さんがご紹介しておられたFさんが働いているスターバックスだけでなく、「クレド」や「1日2,000ドルの決裁権」を活用している、リッツカールトンホテルも、原則主義で活動していると考えられます。
そして、岩田さんは、「ミッションが隅々まで浸透している企業では、数多くの感動的なエピソードが生まれます」とご指摘しておられますが、VUCAの時代において、業績を高めるためには、原則主義で活動している組織が望ましいと言えます。したがって、これからの会社は、何を製造するとか、何を販売するとかということの前に、原則主義で活動する組織づくりが求められているということです。
ただし、原則主義で活動する組織づくりは、時間を要し、また、労力も要します。単に、ミッションを浸透させるだけでなく、原則に基づいて自ら判断して活動する人材は、なかなか、育成できません。そこで、多くの経営者は、マニュアルに頼ろうとしてしまう面があると思います。しかし、それでは、質の高さでの競争はできず、VUCAの時代では、早晩、淘汰されていくでしょう。やはり、時間と労力がかかるとしても、原則主義に基づく活動ができる組織を、今からでも目指して行かなければならないと、私は考えています。
2024/4/21 No.2685