[要旨]
事業活動においては、不祥事が起きることは避けることができませんが、それに対して、会社は、性善説と性悪説のどちらで臨むべきかという議論があります。これについて、岩田松雄さんは、性善説を基本にするべきと考えておられます。これは、不祥事は完全に防ぐことはできないものの、性悪説に基づいて対策を講じていれば、会社と従業員の信頼関係を築くことができなくなり、業績に支障ががでるという考え方によるものです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの岩田松雄さんのご著書、「今までの経営書には書いていない新しい経営の教科書」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、スターバックスコーヒーは、サードプレイスを提供するというミッションのもとに、従業員の方が思いやりを持った働き方をしていることから、その雰囲気は顧客にも伝わり、席を譲り合うようになるなど、自社が望むような顧客を得ることができるようになっているということについて説明しました。
これに続いて、岩田さんは、従業員に対して、性善説で接するべきか、それとも、性悪説で接するべきかということについて述べておられます。「性善説、性悪説、どちらが良いのかという議論があります。企業の場合は、不祥事が起こるたびに、再発防止の美名のもと、どんどん性悪説になっていきます。どちらが良いかということは、一概に言えないかもしれませんが、私は、基本的に、人を信じる方をとります。(中略)
私が勤めていた企業でも、現金事故(不正)がありました。多くのスタッフが働いているのですから、そういった事故はどうしても起きます。すると、本国からは、レジに、スタッフに向けた監視カメラをつけることを、提案してきました。私は、憤然として断りました。確かに幾らかの金額は助かるかもしれませんが、もっと大切な、社員との信頼関係が損なわれてしまうからです。これをどう考えるか、経営者としての判断が分かれるところだと思います」(229ページ)
この、性善説と性悪説のどちらをとるべきかという課題は、白黒をつけることはとても難しいと思います。本論からそれますが、私は、「性弱説」という考え方もあるのではないかと思っています。すなわち、人は、顕在意識では他人のために貢献しようという意欲は持っているものの、立場が苦しくなると、それに抗えずに、自分のことを最優先してしまう弱さも持っていると考えるべきなのではないかと思っています。話をもどすと、岩田さんは、「スターバックスを、スターバックスで働くこと自体が報酬になる会社にしたい」と言っておられるわけですから、それは性善説でなければ実現できないでしょう。
とはいえ、人はどうしても、完全ではない面があるので、不祥事を完全になくすことはできないということも事実です。したがって、経営者は、不祥事が起きない仕組みを積極的に導入していくべきでしょう。そのひとつの例は、キャッシュレス決済です。キャッシュレスが進んでいる理由は、ひとつだけではありませんが、キャッシュレスによって、従業員による現金の抜き取りなどの不祥事を防ぐことができます。
日本のレストランでも、完全キャッシュレスのお店が増えていますが、このような仕組みの導入は、会社の損失を防ぐことになるのと同時に、従業員が不祥事を起こすことを防ぐことにもなります。もちろん、不祥事を防ぐ取り組みはキャッシュレス決済だけではありませんが、このような不祥事が起きないようにするための仕組みを取り入れて行くことは、重要な対策だと思います。そして、不祥事を防ぐもうひとつの大きな取り組みは、前々回説明した、悪い情報を伝えやすい雰囲気づくりだと思います。
岩田さんも、「不祥事が起こるたびに、再発防止の美名のもと、(会社の再発防止策が)どんどん性悪説になっていく」と述べておられますが、そのような対策の多くは表面的な対策に過ぎません。根本的な対策を講じないままでいれば、また、別の不祥事が起き、いたちごっこになるでしょう。むしろ、細かな対策を講じることを繰り返していると、効率的な事業活動の妨げになり、却って業績を悪化させてしまいます。ですから、経営者は、「悪い情報」を歓迎できるよう、器の大きくしていくことを心がけなければならないと思います。
2023/6/13 No.2372