鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

採点ではなく満点を

[要旨]

部下の人事評価については、できるだけ、ファクトベース、つまり、事実や数字を持ち出して議論することが大切です。すなわち、「採点ではなく満点を」であり、全員が目標達成できる方向で話し合うことが大切です。こうすることで、部下は、会社のミッションに基づいた活動ができるよう能力を高めることができるので、会社の効率的な事業活動に資することになります。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの岩田松雄さんのご著書、「共感型リーダー-まわりが自然と動く、何歳からでも身につく思考法」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、優れたリーダーは、ミッションに紐づいた目標設定を行い、各部門、各従業員に、(1)責任範囲、(2)求められるパフォーマンス、(3)業績の評価基準を理解してもらいますが、こうすることで、事業活動が効率的になり、業績が向上することにつながるということについて説明しました。

これに続いて、岩田さんは、部下の成績評価は、できるだけファクトベースで行うことが大切ということについて述べておられます。「成績評価については、まず、部下自身で自己評価をしてもらいます。リーダーは、部下が、自分の自己評価を話すのを聞いて、上司の理解と合っているかを確認します。部下がそれに合意したら、次は、リーダーが、部下に責任領域におけるそれぞれの評価を告げ、部下が自分の評価をきちんと理解しているかを確認します。

お互いの診断結果を確認できたら、その共通点と相違点について話し合い、意見を一致させる必要があります。できるだけ、評価についてはファクトベース、つまり、事実や数字を持ち出して議論することが大切です。基本的な考え方は、『採点ではなく満点を』全員が目標達成できる方向で話し合うことが大切です。決して、選別するための成績評価ではないことを意識することが必要です。評価の時に、どうすれば満点を取れるのかを中心に話し合うのです。この診断結果をもとに、リーダーは、その部下に対してどのようなリーダーシップのスタイルを使うか、判断する必要があります。

例えば、ある分野について、よくできている部下に対しては、できるだけ邪魔をしないように、『委任』、つまり、『任せる』ことが大切です。もし、別の分野で評価内容が低い場合については、こまめに報告や相談をするように指示し、コーチングをする『指示型のリーダーシップ』を使う必要があります。1人の部下に対しても、分野によって、使うリーダーシップのスタイルが違ってくることを、リーダーは、きちんと理解しなくてはなりません。私自身の経験上、特に、日本企業は、この一連の目標設定・診断(フォローアップ)・評価について、部下と真剣にやっていない企業がほとんどだと感じています。

私が日産自動車に勤務している13年間で一度も実施されませんでした。多くの日本の大企業は、毎年、同じような目標設定を掲げ、その後のフォローアップもなく、他者とあまり差をつけないような査定をする。ひどい場合は、何もフィードバックを部下にしていないケースも、多く見受けられます。私自身、日産時代、最低の評価をつけられていたにもかかわらず、一切知らされず、その理由の説明もありませんでした。昇格試験の時に、初めて自分が同期より1年以上遅れていることに気がつきました。いつから何が原因で悪い評価をされたのか、今もってまったくわかりません」(305ページ)

本旨からずれますが、「日本企業は、一連の目標設定・診断・評価について、部下と真剣に実施していない」という岩田さんのご指摘については、私も同様に感じています。その理由の1つ目は、人材をコストの側面でしか見ていないからだと思います。かつて、成果主義人事制度(成果主義賃金制度)を、多くの会社が採用しましたが、それは、表面的には公平性を高めるものとしていたものの、実際は、人件費総額を減らすことにあったことからもわかります。2つ目の理由は、自社で人材を育成しようとする会社側の認識が薄く、また、その結果、会社の管理職も人材育成スキルが低いということがあげられます。

これは、バブル期までは、大企業の多くは従業員の大量採用ができていたので、人材を育成しなくても、ある程度は優秀な人材を採用できる環境にあったからだと思います。そこで、自己申告制度は導入されていても、岩田さんが会社勤務時代にご経験されていたように、フィードバックがないなど、まったく活用されることがなかったのだと思います。そして、人材育成を軽視してきた大企業では、適切な評価が行われず、上司に従順なイエスマンばかりが昇格しやすくなってしまったのではないかと思います。その結果、現場の状況がトップに届きにくくなるなど、不祥事が起きやすい環境がつくられてきたのではないかと、私は分析しています。

岩田さんは、ご著書の中で、「ミッションは、トップを含めた全社員の意思決定の拠り所であり、ミッションは社長より上位にあるもの」と述べておられます。しかし、人事評価で話し合いがなければ、結局、部下の評価は、ミッションではなく、上司の恣意的判断で行われてしまうことになるでしょう。そのような会社では、MVVに基づく経営が、ますます実践できなくなり、閉塞感が生まれることになるでしょう。現在、VUCAと言われる経営環境の中で、業績が好調な会社と不調な会社に分かれつつありますが、それは、きちんとしたプロセスで従業員を評価し、ミッションに基づいた活動ができる従業員を育成しようとすることに取り組んできたかどうかによる結果だと、私は考えています。

2024/4/27 No.2691