鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

大きくなっても潰れない会社にするには

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんによれば、同社が倒産しないようにするために、同社が実質的な無借金経営、すなわち、銀行から融資を受けていてもそれ以上の預金を持つ状態にしたそうです。そして、それを実現するために、利益を蓄え、手元資金を増やしてきたということです。このような状態になったことから、同社では経営の自由度や余裕のある経営が実現しているということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、経営環境は常に変化していることから、経営者はその変化に対応できるよう、常に新規取引先に営業活動を続けなければならないと考えており、そのために利益を蓄えることで、手元資金を厚くし、資金調達の緊急性を低くすることで、経営者が新規開拓などに専念できるようにすることが望ましいということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、倒産のリスクを回避するためにも、手元資金を厚くすることが大切ということについて述べておられます。「俗に『中小企業と腫れ物は大きくなると潰れる』と言われています。弊社はまだまだ『大きくなった』と言えるほどの企業ではなく、道半ばではありますが、倒産してしまう要素はまったくないと断言できます。企業が倒産する原因は借金です。

人手不足倒産などという言葉もありますが、最終的に人員が確保できないことで売上が下がり、資金繰りにして倒産にいたるわけですから、やはり原因は借金です。ですから、地道に内部留保を蓄積して、実質的な無借金経営ができれば倒産のリスクは限りなくゼロに近くなります。しかし、成長していくには借金が必要な時もあります。弊社は2021年に敷地建築面積300坪の倉庫を建て、営業拠点も倉庫に併設しました。

運ぶだけではなく商品を保管する仕事もいただけるようになり、配送が営業拠点からスタートするため、業務効率も大変よくなりました。設備投資の金額は年間売上の15%強だったので、それほど大きな借入にはなりませんでした。弊社の売上規模、資産状況からすれぽもう少し背伸びをして、大きめの倉庫を建てることもできたのですが、取得できる土地の条件との兼ね合いもあって、この程度の投資に落ち着きました。

3社の金融機関からの融資と、弊社の自己資金を合わせて投資しましたが、それでも内部留保の一部を使っただけだったので、一社の金融機関からは抵当権不要との打診をいただき、他の金融機関も右へ做ってくれたので抵当権のない物件となりました。昨今ではM&A市場も活況で、弊社も仲介業者、金融機関、そしてほかの運送会社から直接お話をいただくこともあります。

条件に折り合いがつかないケースが多く、現状で成立したのは1件だけですが、その案件についても自己資金で賄うことができました。こうした投資は、資金だけの問題ではなく、不動産物件やM&A案件とのご縁もありますから、自社にとって丁度よい案件があるわけではありません。そういう意味では、弊社が拾っている案件は比較的小さなもので、少々慎重すぎるかなと、反省もしています。

大きな案件も当然あって、それは投資額も当然大きなものになります。融資を得ることもできるのかもしれませんが、どこまで背伸びできるのか、それは各々の会社次第、つまりは社長次第でしょう。売上規模、利益率、自己資本比率などきまざまな要素を鑑みて慎重に決定することも必要ですか、少々無理でも社長自身が『何としてもこの事業を成功させる』という強い意志を持って臨めば何とかなるはずです。

そうした設備投資が社長の『強い意志』となるか『無謀』となるかは結果でしか測れません。倒産すれば『無謀』です。『無謀』にならないためには借金と内部留保のバランスを鑑み、設備投資で薄くなった内部留保を再び厚くするような期間を設けることも必要です。また、設備投資やM&Aで企業が成長していけぽ社長の目が届かなくなる部分も出ていきます。

本書では社長自らが『細分化』をすることを提唱してきましたが、そうした状况を管理できる人材を育てていく必要があります。規模が大きくなっても、変わらずに細分化を続け、細分化した組織のそれぞれのリーダーが収支をしっかりと管理してくれれば会社は順調に成長していきます。そして、そうした体制を構築するのはすベて社長の意思にかかっています」(183ページ)

本旨から少し外れるのですが、野村運送が倉庫を建設するための融資を受けた際、抵当権の設定が条件とならなかったということは、極めて異例です。不動産取得のための融資は、それによって取得する不動産に抵当権(または根抵当権)を設定することは、銀行融資の実務の基本中の基本です。抵当権を設定する理由は、もちろん、融資を確実に回収するためですが、その他に、銀行が融資を確実に回収する義務を果たそうとしている姿勢を示すという意味もあります。

しかし、同社では、その基本的な抵当権の設定が条件とならなかったということは、野村さんは言及しておられませんが、恐らく、銀行に融資額以上の預金があり、かつ、業績が好調だったということだと思います。すなわち、銀行から見て、抵当権が設定されていなくても、融資を回収できない懸念がないt判断されたということなのではないかと思います。この推測が正しいかどうかはさておき、同社の手元資金はそれなりの金額になっていることに間違いはないでしょう。

そして、これは当然のことですが、手元資金が多ければ、経営の自由度や条件がかなり有利になるわけです。そういった意味で、手元資金を蓄えることの重要性が改めて理解できます。ところが、それは分かっているけれど、それを実現することはとても難しいと考える経営者の方は多いと思います。これに関しては、若い頃の稲盛和夫さんが、松下幸之助さんの講演会に参加したときにきいたという、ダム式経営について思い出します。

「松下さんは、ダムをつくって常に一定の水量を保つような、余裕のある経営をやるべきだというダム式経営の考えを話されました。講演のあと、一人の聴講者が立って、『私も経営者の一人として、余裕をもたねばならないという考えはたいへんもっともだと思う。しかし、私どもの企業は、今、現に余裕がない。その余裕をつくり出すためには、いったいどうしたらいいかを教えてほしい』と質問されました。

まさに聞きたいところで、一同、思わず身をのり出して、松下さんの答えを待ちました。すると松下さんはにっこりとして『そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけれども、まず、余裕がなけりゃいかんと思わないけませんな』とおっしゃいました。皆は一瞬失望して『全然回答になっていない』と声に出して言う人もおり、会場はざわめきました。しかし私はそのとき、鉄槌で打たれたように非常な感銘を受け、これだと思いました。

松下さんは『こうありたいと思わなかったら、絶対そうはならない。まず、思うことが大切で、理想を持ちながらも、それは理想にすぎず、現実にはむずかしいという気持ちが心の中にあっては、ものごとの成就が妨げられる』ということをおっしゃったのだと私は思いました。以来、私は、『こうありたい』と強く思うことがすべてのスタートになるということを経営理念のべースにおき、若い人々にも松下さんのお話を繰り返し説き続けています」

野村さんは、このダム式経営を意識しておられたかどうかは分かりませんが、自社を強くしたいという強い信念を持って、時間がかかっても、手元資金を増やしてきたのだと思います。もちろん、これは、数年で実現できることではないですが、10年、20年かけて手元資金を増やしてきたことが、抵当権をつけないという極めて異例な条件で、銀行から不動産取得のための融資を受けることができるようになったのでしょう。

2025/6/12 No.3102