[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんによれば、経営環境は常に変化していることから、経営者はその変化に対応できるよう、常に新規取引先に営業活動を続けなければならないと考えており、そのために利益を蓄えることで、手元資金を厚くし、資金調達の緊急性を低くすることで、経営者が新規開拓などに専念できるようにすることが望ましいということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、吉野家は内部留保によって手元資金を貯めてきたことから、2003年に狂牛病によって米国から牛肉を輸入できなくなった時も事業を継続させ、ピンチを切り抜けることができたことから、野村運送でも積極的に節税は行わず、利益剰余金を増やすことを優先し、手元資金を厚くするようにしているということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、資金調達に関する活動の優先順位を低くすることが大切ということについて述べておられます。「資金繰りは間違いなく緊急度・重要度が高い仕事です。失敗すれば倒産してしまうのですから当たり前です。しかし、内部留保を厚くすることで緊急性を下げることができます。計画的に入金と支払いを管理して、足りなくなる場面で運転資金の借り入れるなどをしていても、突発的にお金が必要になるケースはいくらでも出てきます。事故を起こせば、保険で賄える部分もありますが、自社のトラックの修理は基本的に自費です。
自社のトラックが廃車などということになれば、代わりのトラックを用意するのに大金が必要になります。車の故障でも、大掛かりなものでは500万円もかかるケースもあり、小規模業者には厳しい金額です。資金繰りは現状を維持するために必要な仕事ですが、それをやっても現状維持に過ぎず、その後の成長が見込めるわけではありません。もちろん、先行投資の資金を融資してもらうケースは別ですが、多くの会社は現状維持のための資金繰りに陥っているのではないかと思います。
吉野家では、狂牛病でアメリカ産牛肉の輸入停止に見舞われた際、新メニューの開発を行い、半年後には黒字化を成し遂げました。通常、開発という仕事は、緊急性は低く重要度は高くなるものですが、当時の新メニュー開発は緊急性も高くなっていました。しかし、収入が激減する中で、そちらに力を入れることができたのも、社員に『大丈夫、先輩たちのお陰で1年や2年、全店舗を閉めても君たちの給料は払えるから』と言えるくらいの内部留保があったからでしょう。
私自身は、会社の創業一族の長男として生まれたので、経営者になるベくしてなりましたが、創業ざれた方というのは、その業界の仕事が好言で自ら起業された方がほとんどだと思います。資金繰りをやりたくて経営者になったという人はいないでしょう。私自身は、正直にいうと、物流業界に特別な思い入れはなく、親が運送屋だったから跡を継ぐべく入社したという感じでした。
しかし、そんな考えでは経営者を続けられるはずもなく、仕事を好きになろうと心に決め、できる限り現場に出るよう努めてきました。その結果、いつか経営者を引退したら、別の会社で現場の仕分け作業をやりたいなどと思えるほどになりましたが、やはり社長としての実務を優先し、実務に関わっていかないと会社はよくならないでしょう。社長が現場と実務に関わって、社長の思う理想の仕事を、現場の社員にやってもらう。現場に関わることでコミュニケーションが生まれ、それ自体もいい社員教育になります。
また、社長は普段から営業にも取り組むベきです。これも実務の一環ですが、すぐに結果が出るものではないので、継続的に取り組んでいく必要があります。今ある仕事が、未来永劫続くことはありません。弊社の取引先も10年前と比較すると、大きく変化しています。少しずつでも成長することができたのは、『この仕事がなくなったら、どうするのか?』ということを常に考えて営業を続けてきたことがいちぽんの要因だと考えています。資金繰りは重要ですが、緊急度を下げて、できた時間で本業に取り組むことが、会社の成長、発展につながります」(180ページ)
本旨からそれますが、手元資金を増やす方法以外にも、資金調達のための活動の緊急性を低くする方法があります。それは、今月以降6か月程度の資金繰予定表を作成し、前月までの月次試算表を添えて銀行に提出するということを、毎月、続けることです。これを行ったことがない人にとっては負担に感じるかもしれませんが、資金繰予定表の作成そのものはそれほど大きな労力は必要ありません。また、仮に労力がかかるものであるとしても、資金が枯渇する直線になって、あちこちから資金を工面する労力に比べれば、相対的に小さいことは間違いないでしょう。
もう1つの方法は、銀行と当座貸越契約を結んでおくことです。当座貸越契約は、銀行によっては、クレジットラインと言われることもあります。どちらも同じもので、契約金額(これを極度額といいます)の範囲内で、会社の任意に融資を受けることができます。当座貸越契約が一般的な融資と異なることは、当座貸越契約は契約の時点で融資審査が行われるので、それ以降、実際に融資を受けるときは審査は行われないので、原則、即日、融資を受けることができます。
ただ、この当座貸越契約は、どんな会社でも契約に応じてもらうことができるわけではなく、業績のよい会社に限られます。したがって、銀行に当座貸越契約を打診して断られた会社は、契約をしてもらうことができるよう、その後、業績の改善に努めることをお薦めします。もし、当座貸越契約を結んでもらえれば、資金調達の労力が少なくなります。本題に戻ると、野村さんは、「資金繰りをやりたくて経営者になったという人はいない」と述べておられますが、これは事実でしょう。
もちろん、資金調達は事業活動全体にとって大切な活動ですが、苦手な経営者にとっては、あまり労力をかけたくないところでしょう。そうであれば、利益を蓄えたり、前述したような先手での融資申請により、資金調達に関する労力を減らしたり、緊急性を低くしたりすることができるでしょう。そのことによって、経営者の方が存分に労力を注ぎたい、営業活動や生産活動に専念することもできるようになります。したがって、資金調達の労力を減らしたいと考えている経営者の方に対してこそ、管理会計や原価計算を活用することをお薦めします。
2025/6/11 No.3101