鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『在庫点』を変更して価値を提供する

[要旨]

経営コンサルタントの今枝昌宏さんによれば、サプライチェーン種別の変更は、自社が販売する製品を顧客に届けるサプライチェーンの方式を変更することによって提供価値を変化させ、それを歓迎する顧客の支持を得て競争優位を獲得するビジネスモデルであり、例えばデルは、それまで在庫販売が常識だったPCのサプライチェーンを受注生産に変更することで、製品在庫コストやリスクがなくなり低価格を実現できただけではなく、顧客は好きなスペックを自由に注文できるようになり提供価値そのものを変えているということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの今枝昌宏さんのご著書、「ビジネスモデルの教科書-経営戦略を見る目と考える力を養う」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、今枝さんによれば、敵の収益源の破壊は、競合が主な収益源とする市場で無料ないし極めて低利益の販売を行って市場の収益性を意図的に破壊し、結果として競合の収益源を破壊して競合の力を削ぎ、自社の主力とする市場で競合に勝つビジネスモデルであるということについて説明しました。

これに続いて、今枝さんは、サプライチェーン種別の変更について述べておられます。「サプライチェーン種別の変更は、自社が販売する製品を顧客に届けるサプライチェーンの方式を変更することによって提供価値を変化させ、それを歓迎する顧客の支持を得て競争優位を獲得するビジネスモデルです。例えばデルは、それまで在庫販売が常識だったPCのサプライチェーンを受注生産に変更しました(デルモデル)。このことによって製品在庫コストやリスクがなくなり低価格を実現できただけではなく、顧客は好きなスペックを自由に注文できるようになり提供価値そのものが変化しています。

日東工は、液晶用光学フィルムの顧客先工場に自社作業区を設定して自社作業員と在庫を配置し、顧客のニーズに応じた最終加工を行って迅速な納入という顧客ニーズに応えるようにしています。これにより注文したスペックどおりの品物が直ちに手に入るという提供価値の変化を顧客にもたらすとともに、裁断ロスが少なくなるという副次的効果を得ています。

富士薬品は『富山の薬売り方式』と言われる家庭配置薬、つまり家庭の薬箱に自社所有の製品を在庫することで、家計に金銭的負担をかけることなくいつでも薬の入手を可能にし、一般用医薬品業界で独特の地位を築いています。最近ではオフィスグリコが『置き菓子』と称し、このピジネスモデルを模して成功しています。このように、サプライチェーン種別の変更は提供価値をも変化させるため、業務改善の問題にとどまらずビジネスモデル構築上も考慮すペき重要なドライパーとなっているということができます。

このビジネスモデルでは、業界標準のサプライチェーンのあり方からサプライチェーンの種別を変更します。『種別』を変更するとは、改善を行うことではなく、異なったサプライチェーンにするということであり、そのポイントは生産方式と在庫点の2つにあります。生産方式には、大きく分けて見込み生産と受注生産があり、そのバリエーションとしてそれらを組み合わせて多段階で生産する方式もあります。

在庫点は、文字通りサプライチェーン上の在庫を保持しておくポイントであり、これより下流側が実需に基づくサプライチェーンに、これより上流側が予測に基づくサプライチェーンになる重要な点です。これらを変更することにより、サプライチェーンは本質的に変化し、顧客にもたらす提供価値の内容を変化させるのです。サプライチェーン種別を変更することによる提供価値の変化は、通常、力スタマイズ可能性、リードタイム、価格という3つのトレードオフの関係にある価値の組合せの変化として起こります。

たとえば、顧客先に製品を在庫して販売者側で在庫量をコントロールするモデル(VMI:Vendor Managed Inventoryという名称で呼ばれます)の場合、カスタマイズ可能性は変化しませんがリードタイムが向上する反面、提供者側の在庫コストは上昇します。前述のデルのモデルの場合、製品在庫がなくなる分だけコストは減少し、カスタマイズの可能性が上がりますが、リードタイムはむしろ悪化します。このようにして作り出された業界標準とは異なる新しい価値の組合せがそれを評価する顧客セグメントを惹きつけ、利益をもたらすのです」(153ページ)

今枝さんのいう、「サプライチェーン種別の変更」は、ある意味、どこに「在庫点」を置くのかということだと思います。デルの場合、部品までは見込で在庫を持ちますが、完成品は受注してから製造するため、完成品を見込みで製造している会社と比較して、低価格で製品を提供することができます。ただし、受注してから完成品を製造するため、受注してから納品までの時間、すなわち、リードタイムは長くなりますが、それよりも低価格を志向する顧客のニーズをとらえることで売上を伸ばしてきました。

一方、オフィスグリコは、顧客のオフィスに自社製品を在庫として置くために、小売店に卸す場合と比較して在庫負担が増加します。しかし、すぐにお菓子を食べたいという需要に応える販売方法であることから、具体的な販売額は公表されていないものの、売上を伸ばしているようです。また、新製品に対する顧客の反応を調査するために、それをオフィスグリコとして販売するということにも使われているようです。

そして、今枝さんがご指摘しておられるように、「在庫点」の変更は、改善が図られるものではなく、「力スタマイズ可能性、リードタイム、価格という3つのトレードオフの関係にある価値の組合せの変化」であり、それによって、新たな需要をつかむビジネスモデルです。これは、中小企業においても実施可能と思われますが、従来とは異なる方法で商品を提供するため、常に顧客の動向を注視して対応する必要があると思います。

例えば、冷凍餃子の無人販売をしている「餃子の雪松」(運営会社は、東京都国分寺市にある、株式会社YES(資本金1,000万円))は、「2018年9月に埼玉県入間市で創業し、わずか5年足らずで432店舗にまで急拡大しました。しかし現在、公式ホームページによれば店舗数は143店舗と、ピーク時の3分の1以下にまで激減」しています。

餃子の雪松は、無人販売というサプライチェーン種別の変更で、当初は間違いなく価値を提供していたわけですが、その後、需要の変化に対応できず、店舗数を縮小することになったのではないかと思います。その要因は1つだけではないと思いますが、TBSラジオの記事にもあるように、価格訴求力が低いことや、商品アイテムの幅が狭い(商品数が少ない)ことが主な原因だと思います。当初は、価格が高く、アイテム数が少なくても、売れる環境にはあったわけですが、ライバルの参入で、相対的に競争力が低くなったわけですから、それらの攻勢への対応を行わなければならないということに注意が必要です。

2026/3/3 No.3366