[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんは、かつて、部下から「しつこい」と思われてしまうことを恐れて、何度も同じことをあまり言わなかったそうですが、その結果、部下への改善活動が緩み、トラプルに発展してしまったこともあったそうです。そこで、従業員に社長としての考えを理解してもらうためには、「また始まった」と思われるくらいにならないといけないし、そう思われるくらいが教育の成果ではないかと思うようになったということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、同社ではフォークリフトでよく事故を起こすドライバーがいたので、野村さんがその人を観察してみると、後退する際、動き始めてから後方を確認するということが散見されたことから、それを改善してもらったところ、その後の事故はなくなったということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、社長の方針は何度でも従業員に伝えることが大切ということについて述べておられます。「社員教育に限らず、教育するに当たっては何度も同じことを言わなければなりません。相手が変われば仕方がありませんが、相手が同じでも同じことを言う必要が出てきます。正直なところ、同じことを何度も言うのはしんどい時もあります。しかし、指導する側が根を上げてはいけません。飽きずに、粘り強く、分かってもらえるまで指導し続けなければならないのでず。
私は、『しつこい』と思われてしまうことを極端に恐れていて、あまり何度も同じことを言えませんでした。しかし、そんな姿勢から、社員へのちょっとした指摘に踏み込めず、トラプルに発展してしまったこともありました。しつこく言わなかったことを後悔しても後の祭りです。一方で時々思い出すのが、小・中学生時代の先生の指導です。先生方から同じことで何度も注意されました。
生徒同士では『また始まったよ』とか『またでた』などと揶揄していましたが、それは、実は先生の言っていることが浸透しているということでは、と後年思い直しました。誰でも、自分が言った言葉に対して『また始まった』なんて思われたくはないものでしょうが、実は『また、社長が同じこと言っている』、『それ何度も聞いたよ』なんて思われているくらいのほうが、自分の言いたいことが浸透しているということではないかと思うようになりました。
私自身でさえ大切にしたいと思う信条について、時に行動が伴わないなどということもありますから、繰り返し自分に言い聞かせないといけないのです。ですから、従業員に社長としての考えを理解してもらおうと思ったら、『また始まった』と思われるくらいにならないといけないし、そう思われるくらいが教育の成果ではないかと思うようになりました」(103ページ)
今回の事例は、あまり理論的な説明はできず、経験的なことしか根拠にできません。というのも、野村さんも、部下からしつこいと思われたくないという思いから、部下への要改善点の指摘を躊躇したことから、トラブルに発展したことがあったと述べておられますが、これは感情的な問題だと思います。しかし、事業活動は組織的な活動であり、その組織は有機的な人間によって行われるわけですから、感情面からのアプローチは欠かすことができません。
したがって、野村さんが述べておられるように、部下に嫌われることも厭わず、経営者の方針は何度でも伝え続けることが重要です。そして、方針の徹底に関して私が思い起こすことは、稲盛和夫さんの、「ベクトルを合わせる」という言葉です。「人間にはそれぞれさまざまな考え方があります。もし社員一人一人がバラバラな考え方に従って行動したらどうなるでしょうか。
それぞれの人の力の方向(ベクトル)がそろわなければ力は分散してしまい、会社全体としての力とはなりません。このことは、野球やサッカーなどの団体競技を見ればよくわかります。全員が勝利に向かって心を一つにしているチームと、各人が『個人タイトル』という目標にしか向いていないチームとでは、力の差は歴然としています。全員の力が同じ方向に結集したとき、何倍もの力となって驚くような成果を生み出します。1+1が5にも10にもなるのです」
稲盛さんのいうベクトルを合わせるという言葉は、ほとんどの方が容易に理解されると思います。しかし、多くの場合、社長の方針などを記憶するのは顕在意識のレベルであって、一方で、人は普段は潜在意識で行動しているため、潜在意識まで理解が浸透しなければ、ベクトルが合わないままになってしまいます。だからこそ、「また始まった」と思われるくらい、経営者の方は何度も方針を伝えなければならないし、それが経営者としての重要な使命なのだと思います。
2025/5/30 No.3089