[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんによれば、同社ではフォークリフトでよく事故を起こすドライバーがいたので、野村さんがその人を観察してみると、後退する際、動き始めてから後方を確認するということが散見されたことから、それを改善してもらったところ、その後の事故はなくなったそうです。そして、ハインリッヒの法則では300件のヒヤリ・ハットの背後に、数千もの不安全行動・不安全状態が存在すると言われており、逆に言えば不安全行動が数千たまることで、ヒヤリ・ハットとなり、それが300たまることで事故に至ると考えられるということを従業員に啓発したことにより、会社全体で事故は減少傾向にあるということです。
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今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、同社には話すことが苦手なドライバーがいたそうですが、業務の変更により、拠点となる物流センターに電話で報告する頻度が増加したところ、彼の報告の仕方が現場で間題になっていたため、野村さんは「電話をする前に話すことをいつもより大きめの声で5回繰り返してから電話をしてみよう」と提案し、実践してもらったところ、改善が見られ、その結果、ドライバーの中には、変化に対応できずに離職してしまう人も少なくない中で、彼は、20年間勤め続けているということについて書きました。
これに続いて、野村さんは、トラブルが発生する前の段階での対策を経営者が講じることが大切ということについて述べておられます。「私は吉野家での接客で、牛井を提供するときにどんぶりをひっくり返してお客様に向けてこぼしてしまつたことがあります。(中略)そのミスの報告は本部まで上がり、開店当初に応援に来ていた本部の方が、『そういえば、あいつは牛井を提供する時に手元を見ていないのが気になっていた』と言っていたと聞きました。
『その時に言ってよ!』という気持ちにもなりましたが、20人いるアルパイトの細かい動作までよく見ているものだと感心させられました。とはいえ、感心したのはしばらく経ってからのことで、ミスした当初は落ち込んでそれどころではありませんでした。以前、弊社のドライバーでフォークリフトの事故を頻繁に起こしていた人がいました。トラック運転での事故はなぃのですが、フォークリフトになると事故を起こしてしまうのです。
事故の報告書には対策を記入する欄があり、書かれているのは、『もっと気をつける』といった文言ばかりで具体性がありません。このままお客様に迷惑をかけ続けるわけにもいきませんし、『ハインリッヒの法則』によれば1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故が隠れているといわれますから、重大事故を起こしてしまう前にしっかり対策しなければなりません。吉野家で、本部社員がアルバイトの動作をよく見ていたことを思い出し、私も該当ドライパーの作業をつぶさに見てみることにしました。
トラックに同乗して、作業を見てみると、フォークリフトでバック走行をする際、動き始めてから後方を確認するという不安全行動が散見されました。ほかにも、確認してから動作を行うベきところで、確認と動作が同時だったり、動作が先になったりということがありました。確認してから動作に移るのは当たり前のことなのですが、日々の作業の流れで確認がおざなりになり、順序が逆になっていることが習慣化してしまったのです。これを指摘し、徹底的に改善してもらったところ、その後、事故はパタリとなくなりました。事故というのは、このようなちょっとした順序の違いから発生します。
運転中に『伝票が足元に落ちたのを反射的に拾おうとして前方から目を離した』、『信号が青に変わったので発信したら前の乗用車はまだ停止していた』、『路地を曲がり切れず、慌てて切り返そうとバックしたら、後方に車がいた』などなど。長く運送会社に携わっていると、事故原因にがっかりすることも少なくありません。私自身も事故をしていないのかと問われれば、ゼロではありませんので、偉そうなことは言えないのですが、こうした不安全行動について、私は『たまる』と考えています。
『ハインリッヒの法則』では300件のヒヤリ・ハットの背後に、数千もの不安全行動・不安全状態が存在するとしていますが、逆に言えば不安全行動が数千たまることで、ヒヤリ・ハットとなり、それが300たまることで事故に至るのです。そうした意識を持つことで、私自身も事故を起こざなくなりましたし、そうした啓発を行うことにより会社全体でも事故は減少傾向にあります」(100ページ)
野村さんはフォークリフトに関する事例を述べておられましたが、これを読んで、私は、平鍛造という会社で講じたフォークリフトに関する安全対策の事例を思い出しました。その事例は、同社の元社長の平美都江さんのご著書、「なぜ、おばちゃん社長は『絶対安全』で利益爆発の儲かる工場にできたのか?」の中で紹介されています。
ちなみに、平さんは、父親が創業した同社が会社存続の危機に追い込まれる中、2009年に社長に就任して営業を再開し、一度離れた顧客の信頼回復に努めつつ、数々の経営の合理化を進めながら業績を回復させ、2018年に大手上場会社へ株式の90%を約100億円で譲渡しています。話を戻すと、平さんが社長に就く前に、同社社長を務めていた平さんの弟が、会社でフォークリフトに接触する事故で死亡したことがきっかけで安全対策をとることにしたようです。
具体的には、工場の安全を確保するために、(1)工場内で人が歩く部分とフォークリフトが通行する部分を明確に区別する、(2)フォークリフトが移動しているときは、ライトを点灯させたり、音楽を流したりして、従業員に注意喚起をする、(3)工場内の整理整頓をして、通路を確保する、(4)フォークリフト通行可の場所では、人よりフォークリフトを優先する、(5)危険な場所にはフォークリフトの速度制限を設ける、といった対策を行ったそうです。
このような平さんの対策は、特に真新しい対策と感じる人は少ないでしょう。でも、実践しない会社は少なくないと私は思っています。その理由として考えられることは、「事故が起きるのは、従業員の注意力が足りなからだ」と、安全対策は従業員が解決する課題だと経営者の方が認識しているからだと思います。そして、平鍛造を創業した、平さんの父親も、そういう考え方をしていたと、平さんは述べています。
ただ、ここでは、「べき論」ではなく、どうすることが経営者として妥当かということを考えてみたいと思います。平さんによれば、「(職場の環境改善のために)かけたコストは、従業員の集中力、生産性向上となって、必ず数倍になって返ってくる」そうです。この平さんのご主張は、理屈としては理解できるものの、実際のリターンは明確ではないので、環境改善のための費用の支出に迷う経営者の方も少なくないと思います。
しかし、現在は、製造業であっても、従業員の方は、製品を製造する作業を担うというよりも、品質改善や新規性の高い製品を開発するための創意工夫を担う面が強くなってきていると思います。そうであれば、安全で働きやすい環境を作ることの方が、会社の競争力を高めるものと、私は考えています。また、このような考え方は、安全対策に限らないと私は考えています。例えば、会社で横領などの不祥事が起きたときに、確かに最も悪いのは横領した従業員です。
しかし、「人間は誘惑に弱い性質がある」という前提で、横領が起きにくい仕組みを経営者が整備していれば、不祥事が起きにくいということも事実だと思います。むしろ、上場会社では、このようなプロセス(内部統制)を経営者が構築することが義務付けられています。中小企業では、上場会社のような仕組みを導入することは困難ですが、例えば、定期的な配置転換を行うだけでも、不祥事は怒りにくくなりますが、配置転換を行うことを負担と考え、それを行わない会社も少なくありません。
でも、もし、定期的な配置転換を行っていない会社で不祥事が起きれば、その会社の経営者の責任は大きいと言えるでしょう。話をまとめると、経営者は、従業員に結果を求めることも必要ですが、求める結果を出すためのプロセスの改善にも尽力する必要があるということです。そして、経営者がそのようなプロセス構築に尽力している会社ほど業績も高くなっているようです。
2025/5/29 No.3088