鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

価格に不満はあっても原価は知らない

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんが、吉野家でアルバイトをしてきたときの牛丼の価格は400円でしたが、セールのときは価格の25%に相当する100円引きで販売をしていました。このようなことができるのは、日次決算や原価計算をしっかり行い、客数増加によって利益を得られる勝算があったからと考えられるということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、野村運送では、営業活動も社員教育も、お客様ヘの情報提供とトラプル対処に比ベると緊急度は低いので、お客様対応を優先させているそうですが、社内の対応は延期することはあっても、重要度はお客樣対応と同じかそれ以上なので、会社の未来を考えて、中止することはないということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、原価計算にもとづく価格設定について述べておられます。「吉野家の牛丼は、私が働いていた1993年当時は一杯400円でした。『うまい、はやい、やすい』と謳っているだけあって、利用者にとってはとても割安感のある価格設定でした。さらに100円引セールなどというイベントを仕掛けていたのですが、これは実に25%割引というとてつもない価格設定でした。しかし(中略)、精算、つまり日次決算で、当日の売上や利益、利益率、原価率までしっかり管理されており、100円引セールのときは、来客数の増加によって割引分をしっかり補い、利益が出ていました。

もちろれ、来客数が増えのでアルパイトも増員し、人件費も増えすが、それらも含めた上での計算し尽くされた価格設定だったのだと思います。当時、もう少しこのあたりの数字に興味を持っていれば、もっといろいろなことを勉強させてもらえたと思うと、今さらながら悔やまれます。その後、松屋すき家などの競合チェーンの台頭で、400円でも割安に感じられていた牛井の価格が280円まで下がりました。(中略)

商品の価格設定は、原価を積み上げて、希望する利益を乗せたものにできればいちばんいぃのですが、それでは価格競争に勝つことはできません。原価と相場のせめぎ合いの中で、原価を徹底的に削減して競合相手に勝てるようにしなければなりません。一方で競合相手が真似できないような商品やサービスを開発し、それらが求められた時にしっかりと利益を見込める価格設定にします。ただし、弊社のような中小の運送会社では、競合相手が真似できないようなサービスを開発することは難しいため、競合他社との比較によって価格を設定することがほとんどです。

このとき、人件費が40~50%、場合によってはざらに高い割合を占めるケースもありますので、残りの原価を削減していかなけれぽなりませんが、それだけでは相場に追いつかなくなり、人伴費に手をつけてしまうことも多くなります。手を付けるといっても、そもそもそこまで原価を把握しておらず、ドライバーの給料を維持するために長時間労働で折り合いを付けてきたのがわれわれの業界です。給料はそのままで長時間労働になるのですから、結果として人件費に手を付けていることになります。過当競争に晒されて、どうにかドライパーの給料を維持するために、長時間労働で折り合いをつけていたのがわれわれの業界です。

運送会社の経営者の間では『運賃が安い』なとという愚痴めいた言葉がよく聞こえてきますが、どれくらいの金額が必要かという声は聞こえてきません。まずは、トラックをどれくらいの期間使うのか?距離はどのくらい走るのか?ドライバーの作業はどのくらいの負担があるのか?ドライバーにどれだけの給料を払いたいの?などを考慮して、しっかりと原価計算をするベきです。そこから相場と折り合いを付けるために、どの原価を切り詰めるのかを考えます。すベてを具体的な数字で考えた上での価格設定でなければなりません。

ただ、具体的な数字を詰め込んだ原価計算を盾に取るようにしてお客様と交渉してしまうと、決裂は目に見えています。相場感覚は相手あってのもので、交渉時には、『もう一声』と毎回のように値下げを要求してくるようなお客様がいたり、こちらからも『もう少し何とかなりませんか』とお願いしたりということがありますから、そのあたりの柔軟性は持ち合わせたほうがいいでしょう。『これが原価だ』と相手に押し付けるような姿勢では、独りよがりに陥り、交渉は成立しません」(58ページ)

吉野家のような大手の外食が価格競争ができる要因のひとつは、野村さんが述べておられるように、精緻な原価計算を行っているからです。価格引き下げはするものの、その分、販売数を増やすことで、決して赤字にはならないようにしています。とはいえ、このようなことは、私が説明するまでもないことでしょう。その一方で、中小企業で原価計算を行っている会社は少数派でしょう。さらに、原価計算を行っていない会社ほど利益が少ないか赤字になっているという傾向にあります。

これに対して、「現在は競争が激化しており、原価計算をしていてもしていなくても、結果は変わらない:という反論があるかもしれません。確かに、原価計算をしたからといって競争環境が改善することはないでしょう。でも、原価計算をしていれば正しい競争はできると思います。もし、現在の自社の競争環境が厳しいとき、原価計算を行っていれば、これ以上、商品価格を下げることは無理という判断を行いやすくなるでしょう。そうであれば、早期に自社の事業分野から撤退し、別の商機を探すことの方が賢明ということになります。

また、前回、野村さんの会社の事例でお伝えしたように、原価計算を行っていることによって、迅速に見積もりを提出できることから、価格では勝てなくても受注できることもあります。逆に、原価計算によってもう少し価格を下げることができそうだということがわかれば、しばらくは価格競争を続けることができます。

しかし、原価計算をしていない会社は、価格決定権を他社に握られ、安易にそれに追随し、不採算が続いていたとしてもその状況を把握できないことから、ますます、自社の財務基盤を悪化させてしまいます。繰り返しになりますが、原価計算を行うことは、直接的に収益に結び付きません。しかし、正しい経営判断ができるようになり、商機を増やすことにつながるということに間違いはありません。

2025/5/21 No.3080