鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

複数の業務を複数の従業員で対応する

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんによれば、同社は、かつて、個々のドライバーの仕事が属人化しており、人数は足りていても、1人の欠員が埋められないなどという状況が多くあったそうです。そこで、スキルマップを作成して多岐にわたる業務を整理したり、必要な資格や技量を記載した表を作成したり、各ドライパーが現状で持っている資格と技量をリストアップして、各業務に対応できるドライバーを明確にしたりし、その後、組織を再編し、管理職が代走できる体制をつくり、さらに、部署によっては仕事を細分化して、各ドライバーがその中の2~3種類の仕事をこなせるように教育したということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんは、同社ではドライバーの多くは長期雇用が前提の社員であり、会社を成長させていく上でドライバーの増員は不可欠であることから、社員教育は会社を成長させるための最重要頂目として考え、社員教育の機会が緊急性の高いトラプル対処などに飲み込まうことのないように注力しているということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、属人的な作業を亡くすことが大切ということについて述べておられます。「会社を運営する上でいちばん理想的なのは、全従業員がすベての仕事に対応できることです。言い換えれば、『属人的な作業をなくす』ということ。これが実現できれば、シフトを組むのも簡単。トラプルへの対処もスムーズです。しかし、理想はあくまで理想であって、現実はそうはいきません。吉野家では徹底したマニュアル化のもと、店舗運営の仕事は標準化されていますが、スタッフはアルパイトが90%以上を占めますので、家庭の事情などでどうしても人が入れ替わります。

同チェーンがすごいのは、その理想に向けてマニュアルが整備されており、しっかりと教育の体制が整っている点です。(中略)(吉野屋では)アルバイトにも役職があり、ネームプレートに役職によってシールが貼られていました。このシールを受け取るには、ご飯と牛井の盛り付けを『○○秒以内に、誤差○○グラム以内で行う』という試験に合格しなければなりませんでした。ですから、シールを付けたアルパイトはそれだけお店を回せるスキルが高いということです。

そのような役職も含めて、シフトを組む側がアルパイトのスキルをしっかりと把握できるようになっており、今思えばそれによって(中略)、社員教育も含めたシフトを組むことが可能になっていたのでしょう。弊社では(中略)、私が入社した当初は、個々のドライバーの仕事が属人化しており、人数こそ足りているものの、1人の欠員が埋められないなどという状況も多くありました。全徙業員が誰でも対応できるという理想からは程遠いところにありましたが、まずは自分が仕事を覚えて欠員を埋められるようにするという目標から始めました。

それでも、私一人ですペて覚えられるはずもなく、また、私一人が覚えたところで、2人同時に欠員が出れば、トラックは一人で2台は運転できませんから、穴を埋めることはできません。しかし、私と同様の課題を感じていた管理職がおり、まずはスキルマップを作成してくれました。多岐にわたる業務を整理し、必要な資格や技量を記載した表を作成。一方、各ドライパーが現状で持っている資格と技量をリストアップして、各業務に対応できるドライバーを明確にしてくれたのです。

しかし、資格と技量が伴っていても、実際に仕事をこなせるかどうかは別の話で、すべてが機能するわけではありませんでした。ドライバーという仕事は拘東時間、労働時間が長い傾向にあり、乗務するトラックを自ら管理して、キャビン内を自分の部屋のような空間と捉える人も多くいます。このため、トラックが変わることを極端に嫌がり、ほかの人のトラックに乗ることに非常に気を遣います。そうした気質から、仕事を頼んでも拒否されるというケースもままありました。

まったくもって理想からは程遠く、諦めてしまいそうでしたが、同じ課題意識を持つ社員がいてくれたことで、私も踏ん張れました。その後は組織を再編し、管理職が代走できる体制をつくり、さらに、部署によっては仕事を細分化して、各ドライバーがその中の2~3種類の仕事をこなせるように教育しました。

それによって、細分化した仕事のそれぞれを複数のドライパーがこなせる体制をつくってくれたのです。この部署は、担当課長も自ら代走をしてくれており、そうした姿勢にドライバーも共鳴したのだと思います。ただ理想に向けて指示を出しても、そのとおりに動いてくれるわはなく、リーダーの行動についてくるものだということをあらためて理解しました」(81ページ)

引用部分で述べられていた「スキルマップ」とは、野村さんによれば、「業務で必要となる従業員の能力やスキルなどを可視化した評価表」のことだそうです。このスキルマップがあれば、自社の従業員の育成にはどの点に注力すればよいのかということが視覚的に理解でき、効率的な育成が可能になるでしょう。

そして、前回、これからは従業員育成が大切ということを説明しましたが、その第一歩は、属人化をなくすための、多能化(1人の従業員が複数の業務を習得すること)を進めることだと思います。吉野家のように、資格を習得させることも多能化のひとつだと考えられますし、野村運送では、正に、1人のドライバーが複数の仕事を習得してもらっています。

この多能化は、仕事の効率が高まる、顧客からの要望に対応しやすくなる、従業員が自分の仕事を他の人に代わってもらえるので休暇などを取得しやすくなる、従業員がスキルアップすることで従業員満足度やエンプロイアビリティが高まるといった、多面的なメリットが得ることが期待できます。人材育成というと、少し仰々しく感じる点もあると思いますが、もし、どういった人材育成を行えばよいか悩んでいるという会社は、まず、多能化から着手してみることをお薦めします。

2025/5/26 No.3085