鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

従業員は話したいことがたくさんある

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんは、同社において、安全衛生委員会や運輸安全マネジメントに関わる講習など、会社の方針をしっかり伝える機会が必要であるにもかかわらず、全員出席の機会がないことに頭を悩ませていましたため、自社で講習をすることにしたところ、講習以外にもドライバーといろいろな話をする機会ができ、時には愚痴めいた話も出てきて、従業員のストレスが解消されるようになり、事業活動によい影響が出て来るようになったということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんは、かつて、部下から「しつこい」と思われてしまうことを恐れて、何度も同じことをあまり言わなかったそうですが、その結果、部下への改善活動が緩み、トラプルに発展してしまったこともあったため、従業員に社長としての考えを理解してもらうためには、「また始まった」と思われるくらいにならないといけないし、そう思われるくらいが教育の成果ではないかと思うようになったということについて説明しました。

これに続いて、野村案は、会社内でのコミュニケーションが大切であるということについて述べておられます。「吉野家では従業員のコミュニケーションを重要視していました。『コミュ二ケーションを大切に』と掲げているわけではありませんが、店舗の飲み会がある日に他店から応援が来て全員出席を促したり、休憩室の引継ぎノートにシフトの相談やお店であったちよっとした面白い話などが書かれていて、オープンに書き込みやすい雰囲気ができていたり--。そうしたことからコミュ二ケーションを大切にする雰囲気が醸成されていました。

自分の仕事を終え、引き継ぎのタイミングで、社員の方々といろいろ話をさせてもらいました。吉野家の仕事のメインは接客ですが、本当にお客様というのはさまざまで、時には嫌な思いをすることもありました。(中略)しかし、お店の話ですから、家族や友だちには伝わりづらいもの。お店の同僚や社員の方と話をすることで、こちらの言いたいことは理解してもらえるし、共感してもらえて気持ちがスッキリします。的確なアドパイスをもらえなかったり、問題自体が解決しなかったとしても、話を聞いてもらうだけで仕事のモヤモヤは解消されました。

運送会社である弊社の社員の9割はドライバーです。出発すれぼ基本的に1人で運転して作業し、完了したら帰社します。ありがたいことに、たくさんの取引先に恵まれていますが、出勤時間も帰社時間も皆バラバラで、社員が一堂に会するという機会をつくることが非常に難しいのが現状です。2019年に弊社は設立60周年を迎え、記念式典を実施しましたが、その時は社員全員が出席できるように試行錯誤しました。結局、そのような時間が取れず、途中で帰らなければならない人がいたり、途中参加になってしまったりと、残念ながら全員参加は叶いませんでした。

安全衛生委員会や運輸安全マネジメントに関わる講習など、また、会社の方針をしっかり伝える機会も必要ですが、このように全員出席の機会がないことに頭を悩ませていました。ある時、コンサルティング会社から安全運転講習の提案をいただきました。せっかく講習を設けてもらっても、社員を一堂に集める機会を作ることができないので、その旨を話すと、講習の内容は、仕事を終えて帰社したドライバーに15~20分だけ残ってもらって指導するというものでした。

そのサービスの値段はなかなか高額だったのですが、導入してみると、きちんとドライバーに内容が伝わっているようでした。しかし、こうした機会を外注化してしまうのはもったいないので、その手法を参考に、自社で講習をすることにしました。講習以外にもドライバーといろいろな話をする機会ができ、時には愚痴めいた話も出てきますが、自分が吉野家で聞いてもらっていたことを思い出し、聴くことに努めています。

コロナ禍で人が集まることが憚られ、しばらくはこうしたミーティングも資料配布にとどめておりましたが、2023年6月より再開すると、さまざまなことが話題に挙がり、一回当たりの時間がそこそこ長くなりました。皆、話したいことがたくさんあったのだと思います。こうした環境づくりは、『コレで完成』というものではありません。今後も改善を繰り返して、よりよい環境づくりを目指していきます」(108ページ)

少しでも経営学を学んだことがある方は、「ホーソン実験」という言葉をきいたことがあると思います。ホーソン実験とは、1927~1932年にかけて、米国のシカゴ郊外にあるウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた実験です。実験の内容は、端的に述べれば、賃金、休憩、室内温度などの条件によって生産性がどのように変わるのかを調べようとしたものの、結果として、それらは生産性とあまり関係がなかったということがわかったというものです。

むしろ、データ収集を目的に、職場の監督者が、従業員たちと自由な会話を行ったことで、監督者と部下の相互理解が深まり、生産性が改善したということがわかりました。すなわち、生産性は、賃金や温度などの物理的な要因ではなく、人間関係などの社会的な要因が大きく関わっているということが、すでに、90年以上前に分かっていたということです。そして、このホーソン実験の結果や、野村さんの従業員の話を聴く機会をつくるという対応も、ほとんどの方がご理解できると思います。ところが、野村さんのような対応をしている会社は、まったくないわけではないですが、かなり少数のようです。

というのも、現在は、勤務時間をなるべく短くしなければならないという事情もあると思いますが、従業員の方は、始業時刻から終業時刻まで働く「労働者」として捉えてしまうからではないかと思います。でも、冷静に考えれば、従業員の方たちは生物的な存在であり、「愚痴を聴いてほしい」という欲求をもっているわけです。そして、その欲求が解消されることで、仕事によい影響が出ることも当然です。それにもかかわらず、前述したように、従業員の生物的な側面での欲求を満たすということを実践している会社が少ないことが、むしろ、不思議と言えるのではないでしょうか?

2025/5/31 No.3090