鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

資本取引・損益取引区分の原則とは

[要旨]

企業会計原則の一般原則の資本取引・損益取引区分の原則は、「資本取引と損益取引とを明確に区別し、特に資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない」という原則です。これは、株主は有限責任しか負っていないため、債権者が期待できる債権の回収の原資は会社の財産しかありませんので、株主に対する配当に関しては利益剰余金の範囲までに制限すべきという考え方によるものでしたが、最近は、自己株式取得が許されるなど、少し柔軟になってきているようです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、継続性の原則は、「会計処理の原則及び手続は毎期継続して適用し、正当な理由がある場合を除いて、みだりに変更してはならない」とする原則であるということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、資本取引・損益取引区分の原則について述べておられます。「資本取引・損益取引区分の原則は、『資本取引と損益取引とを明確に区別し、特に資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない』という原則です。資本取引とは、株主との直接的な取引によって純資産が変動する取引です。具体的には、増資、配当、自己株式取得などが挙げられます。損益取引とは、資本取引以外の取引です。資本取引は一般の方はほとんと関わることがない取引ですから、それ以外の損益取引とは、日常業務の中で一般的に発生する取引全般と思っていいでしょう。

この原則が特に気にしているのは、『資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない』という部分です。資本剰余金は、『資本金に入れなかった余りの部分』という意味ですから、資本金に準ずるものです。資本金と資本利余金の合計額が株主から拠出された額を意昧します。利益剰余金は、『当期純利益のうち、配当しなかった余りの部分』という意味ですから、株主から拠出されたものを元に、企業が自助努力によって純資産を増加させた部分です。それは、株主からの拠出額を自らのビジネスで運用した結果の運用利回り分です。

その運用成績が経営成績ということです。両者を混同したら、企業の経営成績がわからなくなってしまいますから、両者を明確に区別することは本質的に重要なことなのです。両者の区別は、債権者保護の観点からも重要です。株主は会社のオーナーでありながら、全員が有限責任しか負っていませんから、債権者に対しては実質的にほとんと何も責任を負いません。そうなると、債権者が担保にできるのは会社の財産しかありません。

したがって、株主に対する払い戻しである自己株式取得は原則禁止で、配当に関しても利益剰余金の範囲までに制限するというのが元々の考え方であり、制度もそうなっていました。ところが、時代の変遷に従って、かつては原則禁止だった自己株式の取得が柔軟に行えるようになり、さらには(中略)、資本剰余金から配当ができるようにもなっています。資本剰余金から配当するというのは、実質的には株主に対する払い戻しですから、本来は配当ではありません。

そもそも、資本剰余金から配当を可能にしたのは、利益が出ていない会社でも配当を可能にするためという、極めて政策的な理由によるものです。株主に対する経済的還元を多様化し、株主の利益に資するためというのが制度改正の趣旨のようですが、私に言わせれば、資本取引・損益取引区分の原則を完全に逸脱したものになっています。制度は人為的なルールですから、理論的原則と政策的判断を天秤にかけた結果、政策的判断が勝るということはあり得ます。ただ、原則を逸脱しているわけですから、そこには本質的な危うさがあることは理解しておくベきでしょう」(114ページ)

金子さんもご指摘しておられるように、もし、出資したお金を配当として受け取ることは矛盾することなので、資本取引・損益取引区分の原則は、会計的な観点以前のことであり、多くの方に容易に理解していただけると思います。ところが、今回の記事の主旨から少し外れますが、私が中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、資金調達に関して、損益取引をあまり直視していない経営者の方が少なくないということです。というのは、資金不足の原因には、収支ずれと不採算取引の2つがあります。収支ずれによる資金不足は、仕入代金等、費用の支払いが、売上代金等、収益の受け取りよりも早いことで起きます。

一方、不採算取引による資金不足は、売上代金が仕入代金よりも少ないために起きる資金不足です。しかし、会社が資金不足になっていることは直ちに把握できるものの、その原因まではすぐに把握できないという面もあり、資金不足が見込まれる会社の多くは、まず、銀行からの融資で資金不足を解消しようとすることが多くなります。ところが、資金不足の要因に不採算取引が含まれていると、早晩、事業が行き詰まります。これについては詳細な説明は割愛しますが、不採算取引が解消されない、すなわち、赤字の会社は、事業を続けられなくなることは直感的に理解できると思います。

そこで、赤字の会社が資金繰を安定化するためには、銀行からの融資を受けることではなく、不採算取引を解消することに最大の注力をしなければならないのですが、前述のように、資金不足の要因はすぐに把握することが難しいことや、不採算取引を改善することは難易度が高いことから、資金不足の解消を銀行からの資金調達に頼ろうとする会社が多いのだと思います。そこで、このようなことが起きないようにするために、自社の事業が採算が取れているかどうかを、月次試算表などで、迅速に把握できるようにすることが大切です。

2025/4/7 No.3036