鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

よいことは控えめに悪いことは積極的に

[要旨]

保守主義の原則とは、「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない」という原則です。「適当に健全な会計処理」とは、損益計算書においては、収益はできるだけ遅く金額を少なく、費用はできるだけ早く金額は多く計上するように、貸借対照表においては、資産はできるだけ少なく、負債はできるだけ多く計上するということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、企業会計原則の一般原則の資本取引・損益取引区分の原則は、「資本取引と損益取引とを明確に区別し、特に資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない」という原則で、これは、株主は有限責任しか負っていないため、債権者が期待できる債権の回収の原資は会社の財産しかないので、株主に対する配当に関しては利益剰余金の範囲までに制限すべきという考え方によるものだということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、保守主義の原則について述べておられます。「保守主義の原則とは、『企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない』という原則です。『適当に健全な会計処理』とは、損益計算書においては、収益はできるだけ遅く金額を少なく費用はできるだけ早く金額は多く計上するように、貸借対照表においては、資産はできるだけ少なく、負債はできるだけ多く計上するということです。

これは、常にそうしろと言っているわけではありません。あくまでも、『企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合』だけというところがポイントです。この原則が言わんとしていることは、『グッド・二ュースは控えめに、パッド・二ュースは積極的に開示しろ』ということです。そうすることが、財務情報の利用者にとって有益な情報になると考えられるからです。良い話ばかりで塗り固められた情報は、戦時中の大本営発表のようになってしまいます。

『我が軍は大丈夫、善戦している』とずっと聞かされていたのに、ある日、突然、敗戦を迎えるようなことになってしまいます。それでは困るので、パッド・ニュースほど早期に積極的に知らせなさいということです。そのほうが、利害関係者は悪い出来事に備えることができますし、早期に対策を打つことも可能になります。パッド・ニュースのほうが利害関係者にとっては有用な情報になることが多いのです。保守主義の原則は、具体的な会計制度の多くで理論的な根拠となっています」(116ページ)

私は、保守主義の原則と聞くと、阪神甲子園球場のことを思い出します。阪神甲子園球場の敷地、約7.8万平米の価額は、かつて、それを所有していた阪神電気鉄道貸借対照表では、800万円で計上されていたそうです。阪神甲子園球場は、大正時代に、同社が敷地を購入し、建設しましたが、当時の敷地の購入価額がその800万円だったようです。そして、それは、その後も変わらずに、同社の帳簿上に800万円として計上されていたようです。このような、取得した資産の時価が、取得価額を上回っても、取得価額を貸借対照表の価額とする資産の評価方法を低価法といいます。

その後、阪神電気鉄道は、2006年10月に、阪神阪急ホールディングスの完全子会社になり、その結果、阪神阪急ホールディングスの2007年3月の貸借対照表には、阪神甲子園球場の敷地は、約329億円で計上されています。そして、この低価法は、保守主義の原則に基づくものです。したがって、阪神電気鉄道は、甲子園球場に関して300億円以上少ない価額で貸借対照表に計上していたことになります。「これはおかしいのでは?」と思えるのですが、保守主義の原則通りの会計処理なので、結論としてはおかしくはありません。

その一方で、中小企業では、保守主義の原則に反する会計処理が行われていることが珍しくありません。その典型的なものは、回収が困難な状況になった売掛金や、評価額の下がった棚卸資産を、取得価額のまま計上しておくというものです。このような状態では、会社の正しい財政状況を把握することができません。保守主義の原則は、ポジティブな情報については、ある意味、まったく貸借対照表に反映させてはならないという原則なのですが、ネガティブな情報については、正しく反映させなければならないという原則であり、これは、金子さんもご説明されておられるように、株主や銀行などの利害関係者の利益を守ろうとする考え方が反映されているようです。

2025/4/8 No.3037