鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

製造業のノウハウをサービス業でも

[要旨]

サイゼリヤの元社長の、堀埜一成さんによれば、製造業の工場では何か問題が発生した場合、問題の根っこの部分まで掘り下げて技術的に解決するという姿勢が身についていますが、飲食店では、一つひとつの規模が小さく、問題があっても技術で解決しようとはなりにくいので、製造業のノウハウをサービス業にあてはめることで、生産性の向上に寄与できるということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、サイゼリヤの元社長の堀埜一成さんのご著書、「サイゼリヤ元社長が教える年間客数2億人の経営術」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、堀埜さんによれば、かつてのサイゼリヤでは原価計算が行われていなかったそうですが、堀埜さんが社長に就いてから、会計情報を収集し活用するためのデータウェアハウスを自前で構築し、それには多くの時間と労力を要したものの、その過程で、従業員の方たちは会計に関するリテラシーを高めることができたということについて説明しました。

これに続いて、堀埜さんは、サービス業は製造業と比較して生産性があまり高くないということについて述べておられます。「工場では何か問題が発生した場合、問題の根っこの部分まで掘り下げて技術的に解決するという姿勢が身についています。ところが、飲食店では、一つひとつの規模が小さく、また、すぐに閉店して居抜きで別の店が入ったりするので、問題があっても技術で解決しようとはなりにくい。

店舗改装も業者に丸投げするだけなので、こうしたノウハウは継承されないのが普通です。工場はすべて計算ずくで設計・運用されているので、例えば、エネルギー使用量とその効果との間にギャップがあれば、すべて説明できなければいけません。そのため、1モルの水を気化するのに何キロカロリー必要か、といった知識をスタッフの多くが持っている。そういう細かなところまで詰めているから、大手メーカーの生産性は、サービス業よりもずっと高いのです。

端的に言って、これは産業としての成熟度の差だと思います。製造業で培われてきたノウハウをサービス業に持ってくるだけで、サービス業もかなり効率的になるはずで、生産性の向上に寄与できると考えています。味の素から来た私が、その懸け橋の一助になることができれば、こんなにうれしいことはない。そう思って取り組んでいました」

堀埜さんは、1981年に京都大学大学院農学研究科をご卒業し、同年から味の素にご勤務しておられましたが、サイゼリヤ創業者の正垣さんからヘッドハンティングされて2000年に同社へ移り、2009年から社長に就きました。そして、堀埜さんがお話ししておられるように、製造業の考え方をサービス業に採り入れるということはすばらしいことだと思います。

ちなみに、私は、堀埜さんのご指摘を読んで、「内々価格差」という言葉を思いだしました。これは、中小企業白書平成9年版第3部第3章第1節に記載されている言葉です。そして、同書には、内々価格差について次のように書かれています。「我が国における産業別の労働生産性の推移を見てみると、製造業等の高い伸びを示している産業がある一方で、生産性の上昇率が低い産業が存在する。上昇率の低い産業は、『サービス業』、『建設業』、『電気・ガス・水道』、『運輸・通信業』など、非貿易財関連が中心となっている。

また、それらの産業の労働生産性の上昇率を国際比較してみると、『運輸・通信業』においては国際的に見て上昇率の低い状況が見られている。このように貿易財と非貿易財との生産性格差によるいわゆる『内々価格差』が競争力を有する産業のポテンシャルをも引き下げてしまう可能性が考えられる」これは、製造業は製品を海外に輸出していることによって、海外の製造業と競合するため、相当の努力をして生産性を高めているが、運送業などは国内での競合しかないため、製造業ほど生産性は高くない。

そこで、そのような製造業の生産する製品は、国内においては、生産性の低い運送業に運送を依頼することで、最終的な価格は製造業の生産性を十分に反映したものとはならなくなるということです。現在は、この中小企業白書が公表されてから約四半世紀が過ぎましたが、ある程度は同じ状況が続いているのかもしれません。したがって、堀埜さんが述べておられるように、製造業の考え方をサービス業にあてはめることで、サービス業の生産性も高くなことは確かだと思います。

しかし、現在は、Amazonがその代表例ですが、情報技術を駆使し、サプライチェーン全体の生産性を高めることで、競争力を高めています。したがって、サービス業も、かつての製造業のように、生産性を意識する時代になっていると考えられます。ちなみに、詳細な説明は割愛しますが、サービス業でも原価計算を行う手法として、活動基準原価計算(Activity Based Costing、ABC)という手法があります。これも管理会計のひとつですが、現在は、競争力を高めるためには、直接的な事業活動だけでなく、管理活動の重要性も高まりつつあると言えます。

2024/12/5 No.2913