[要旨]
サイゼリヤの元社長の、堀埜一成さんによれば、かつてのサイゼリヤでは原価計算が行われていなかったそうですが、堀埜さんが社長に就いてから、会計情報を収集し活用するためのデータウェアハウスを自前で構築したそうです。そして、その構築には多くの時間と労力を要したものの、その過程で、従業員の方たちは会計に関するリテラシーを高めることができたということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、サイゼリヤの元社長の堀埜一成さんのご著書、「サイゼリヤ元社長が教える年間客数2億人の経営術」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、堀埜さんによれば、例えば、コスト削減という指示を店に出すと、単に、補修費など、自分の裁量で減らせるところを削るだけになってしまうなど、適切な判断ができなくなってしまうので、それを防ぐために、どういった費用が必要なのか、店舗のコスト改善をどうやって管理するかということを理解し、適切な判断をしてもらうために、事業現場の方たちに管理会計を学んでもらうことが大切だということを説明しました。
これに続いて、堀埜さんは、管理会計を活用するための情報システムは、社内で議論して構築することが大切ということについて述べておられます。「数字を見る力、特に、異常値を瞬時に発見する能力を養うためには、日々のトレーニングが欠かせません。トレーニングといっても特別に何かを勉強しなくても、同じ数字を何期分も続けて見ていれば、おおよその数字が頭に入ってくるようになります。
私の場合、数字を数値ではなく形として認識していたような気がします。そのため、いつもと異なる数値があると気づいてしまうようになりました。間違いなく、継続は力なのです。さらに、情報を一元管理し、必要な数字をいつでも参照できるデータウェアハウスつくることにしました。部門ごとに、求める成果は何で、それを測るためにはどんな数字が必要か、ものすごく時間をかけて議論しました。外部のシステム会社に丸投げして、適当に現場をヒアリングしてもらってつくる、という方法を採らなかったのは正解でした。
議論の過程で、なぜ、その数字が大事なのか、その数字をよくするための何をすべきか、参加したメンバー全員に共通理解が生まれたからです。そのプロセスにかかった熱量と時間コストは膨大でしたが、そのおかげで、数字を見られる人間が何人も育ちました。いまでは、そのデータウェアハウスから自分で帳票をつくって分析するということが、当たり前に行われています。それは、どんぶり勘定が主流だったサイゼリヤにとって、大きな財産となったはずです」
堀埜さんの主旨から外れるのですが、サイゼリヤのように、起業する時点で会計データを収集している会社はあまり多くありません。さらに、会計記録についても1か月以上遅れて記録していたり、また、その記録も会計規則に則っていない不正確なものであったりする、すなわち、税務申告のための最低限のことしか行われていないということも珍しくありません。
会社がそのような状態になる原因として考えられることは、経営者の方が会計を苦手としていたり、関心が低かったりすることや、会計記録を迅速かつ正確に行うには労力がかかるということが考えられます。経営者の方が会計を苦手であるということはおいておき、会計記録について緩慢であったり不正確であったりすることについては、経営の精度を高めることができないという点で問題があることは、ほとんどの方が容易に理解できると思います。経営環境が厳しい時代だからこそ、労力がかかってでも正確で迅速な会計記録を行い、そこから適切な経営判断を行うことで競争力を高めることができます。
したがって、会計記録を正確かつ迅速に行うための労力とは、不要なものではなく、むしろ必須のものと考えなければなりません。とはいえ、サイゼリヤのように、「どんぶり勘定」でも業績がよいという会社があることは事実です。しかし、それは例外的と考えるべきです。なぜなら、創業者の正垣泰彦(しょうがきやすひこ)さんの経営センスさえあれば、どんぶり勘定のままで会社が発展していくと考えられるのであれば、堀埜さんは多くの労力をかけて、自前でデータウェアハウスをつくらなかったはずです。
特に、サイゼリヤでは「当たり前品質」を提供する、すなわち、競争力の高いビジネスの仕組みをつくって行こうとしているのに、会計に関してはどんぶり勘定、すなわち個人商店のままでは、それは実現しないと、私は考えています。では、中小企業ではどうすればよいのかというと、正攻法で労力がかかってでも正確かつ迅速な会計記録ができるようにすること、そして、そこから経営判断に役立つ情報を取得できるような仕組みをつくるしかありません。
そして、詳細は割愛しますが、堀埜さんのような方法を採らなくても、BSCを導入し、それに基づきKPIを設定することで、どうすれば利益を得られるようになるのかということを可視化することができます。もちろん、BSCはツールであり、目的ではありませんので、BSCでは物足りないと感じるようになれば、さらに、精緻な仕組みをつくればよいと思います。結論としては、事業を安定的に発展させるためには、会計情報を活用して精度の高い経営判断を行うことが必須であり、さらに、そのためには、労力がかかっても、その仕組みをつくることは避けることはできません。
2024/12/4 No.2912