[要旨]
オリエンタルランドのFCFの推移は、2000年3月期から2002年3月期にかけてマイナスになっていますが、2003年3月期からは一転してFCFを生み出しており、それと連動して財務CFがプラスからマイナスに転じる、すなわち、借入金を返済しています。これは、同社が新たなテーマパークに投資して投資CFがマイナスになったものの、それが稼働してからは営業CFが増加したということを示しています。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、フリー・キャッシュ・フロー(FCF)は営業キャッシュ・フローから投資キャッシュ・フローを引いた残りであり、事業活動において、キャッシュを使って取り戻して手元に残った正味のキャッシュ・フローを意味するということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、オリエンタルランドのFCFがマイナスになっていることについて述べておられます。「株式会社オリエンタルランドのフリー・キャッシュフローの推移(中略)を見ると、2000年3月期から2002年3月期にかけてフリー・キャッシュ・フローがマイナスになっていることがわかります。特に2001年3月期は、営業キャッシュ・フローの5倍以上の投資キャッシュ・アウトにより、フリー・キャッシュ・フローが大幅にマイナスとなっています。
フリー・キャッシュ・フローはプラスにするのが基本なのに、これは一体どういうことでしょうか。これを理解するためには、オリエンタルランドの事業特性を考える必要があります。オリエンタルランドの主たるビジネスであるテーマパークビジネスにおいては、リビート率が非常に重要な成功要因の1つです。なぜならば、店舗展開していくようなビジネスモデルではなく、常に同じ場所にとどまっているビジネスモデルだからです。自分からは動かないため、同じお客様に何度も来てもらう必要があるのです。
物理的に同じ場所に何度も来てもらうためには、やっていることを絶えず変えて、お客様を飽きさせないようにしなければなりません。そのためには継続的な追加投資が必要となります。だから、オリエンタルランドは今でも新しいアトラクションをつくり続け、さまざまなイベントやパレードも行っているのです。2001年は、その中でも超大型投資を完成させた年なのです。ディズニーシーの開園です。
同時期にホテルを2つつくり、イクスピアリという商業施設もつくり、広くなりすぎたのでリゾートラインというモノレールまでつくりました。アトラクションを新たに1つつくる程度であれば営業キャッシュ・フローの範囲内で可能でしょう。しかし、これだけの投資となると営業キャッシュ・フローの範囲では収まりません。それによって、フリー・キャッシュ・フローが大幅にマイナスとなっているのです。2000年3月期から2001年3月期にかけては、財務キャッシュ・フローが2倍以上に増加しています。これは、借入の増加によるものです。
その後を見てみると、2003年3月期からは一転して力強いフリー・キャッシュ・フローを生み出しており、それと連動するかのように財務キャッシュ・フローがプラスからマイナスに転じています。フリー・キャッシュ・フローによって借入金を返済しているのです。オリエンタルランドは、ある特定の時期に集中してフリー・キャッシュ・フローがマイナスになっていますが、メーカーなどは時期によらず、しばしばマイナスになっている場合があります。
たとえば、トヨタ自動車もそういう傾向があります。日本の自動車メーカーは短いライフサイクルでモデルチェンジを繰り返しますから、それだけで設備の取り替えといった投資が発生すると思われます。また、絶え間ない研究開発の投資をし続けないと、競争の激しいグローバル市場で生き残れません。そのような理由から、フリー・キャッシュ・フローがしばしばマイナスになっているのではないかと思います。
オリエンタルランドやトヨタ自動車のような高収益企業が、これだけフリー・キャッシュ・フローをマイナスにしているというのは示唆深いことです。ビジネスにおいては、キャッシュを使わないところから新たな富は生まれません。キャッシュは使うベきところには大胆に使わないと、大きな富も得られないということです。コスト削減のような節約ばかりすることが経営ではないということです。
では、『FCF>0が基本』とは何だったのかと言うと、あれはあくまでも安全性の観点です。確かに、年収の範囲に収まる買い物だけをしていれば安全ではありますが、そんな人生が楽しいかということです。そんな人生ではつまらないから、多くの人は時にローンという財務キャッジュ・フローに頼って、家やクルマを買うわけです。企葉も成長のためには、時にはフリー・キャッシュ・フローをマイナスにしてでも思い切ってお金を使うことが重要だということです」(270ページ)
私が銀行に勤務していたときの経験ですが、ここ数年、業績があまりよくない会社経営者の方から融資の申し込みを受けたとき、「短期間で当社の業績を判断せずに、長期的な視点でみて欲しい」と言われることが、しばしば、ありました。そのような会社こそ、キャッシュ・フロー計算書を使って、将来のキャッシュフローの見込みを説明すると効果があります。(本旨からそれますが、前述の「長期的視点で評価して欲しいと要望する会社の半分くらいは、長期的な事業計画を建てているわけではなく、単に、「来年以降、業績が挽回するのを待って欲しい」という希望的観測を伝えるために、そのように説明しているようでした)
そして、金子さんは、「キャッシュは使うベきところには大胆に使わないと、大きな富も得られない」と述べておられますが、多くの経営者の方もこのような考え方をしていると思います。だから、FCFがマイナスになったときであっても、投資家や銀行から支援して欲しいと考えることでしょう。私も、「大胆な投資」は大切だと思いますが、ここでポイントとなることは、FCFをマイナスにした後は、数年後には、FCFをプラスにして、それを原資にして財務CFをマイナスにすることが欠かせません。
すなわち、FCFをプラスにすることで、「大胆な投資」が成功したことを証明するということです。こうすることで、次の「大胆な投資」を行うときにも支援を得ることができます。中小企業で、しばしば、円滑な融資を受けることができないという不満を持つ経営者の方がいますが、それは、財務CFが恒常的にプラス、すなわち、融資が増え続けているからです。これは、FCFがプラスにならない、すなわち、事業活動の業績が不調であるということが原因です。すなわち、FCFがマイナスになっても支援を受けられる会社は、基本的に業績は黒字基調にあるからという、ある意味、当然のことが前提です。
中小企業経営者の多くは、銀行に融資を依頼するとき、単に、資金が不足するから融資を受けたいとのみ説明しますが、キャッシュ・フロー計算書を作成して、多面的に説明すれば、より説得力を高めることができるでしょう。もちろん、銀行に融資を依頼する前に、キャッシュ・フロー計算書を見ながら、自社が資金不足になる原因を調査し、可能な点は迅速に改善することも欠かせません。
2025/5/8 No.3067