[要旨]
日本マクドナルドホールディングスは、2015年12月期の決算短信において、直営店の売上高よりも売上原価が上回る、いわゆる原価割れの状態に陥りましたが、これに対して、有力新聞社が、「原価よりも安い値段で商品を売ったら、売るだけ赤字が膨らむ負け戦だ」と批判をしました。しかし、これは、記者が、財務会計だけに基づく情報で判断した誤った内容であり、管理会計に基づく情報も含めれば、売上を増やすことが黒字転換するための正しい判断です。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、オリエンタルランドのFCFの推移は、2000年3月期から2002年3月期にかけてマイナスになっていますが、2003年3月期からは一転してFCFを生み出しており、それと連動して財務CFがプラスからマイナスに転じる、すなわち、借入金を返済しており、これは、同社が新たなテーマパークに投資して投資CFがマイナスになったものの、それが稼働してからは営業CFが増加したことを示しているということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、日本マクドナルドに原価割れが起きたことについて述べておられます。「日本マクドナルドホールディングス株式会社は、2015年12月期の決算短信において、直営店の売上高よりも売上原価が上回る、いわゆる原価割れの状態に陥りました。売上総利益の段階で赤字です。当時は、使用期限切れの鶏肉を使用していたことが発覚したり、異物が混入するなどの不祥事が相次いで起こった時期であり、それによって客離れが進んだことが大きな要因でした。
原価割れの状態に陥った同社に対して、当時、某有力メディアは厳しい批判を浴びせました。記事は『原価よりも安い値段で商品を売ったらどうなるか。赤字となるのは明白だ。それを実践しているグローバル企業がある。日本マクドナルドホールディングスだ。優秀な人材を多く抱え、数字には明るいはず。同社は商売の基本を踏み外しているのではないだろうか』という痛烈な皮肉から始まります。そして、『売るだけ赤字が膨らむ負け戦だ』と断じています。売上高より売上原価が上回れば赤字になるのはその通りですし、かなりまずい状況であるのも事実です。
しかし、『売るだけ赤字が膨らむ』わけではありま世ん。ここでは、なるベく多く売るのが正しい経営判断です。基本を踏み外しているわけでも何でもありません。基本がわかっていないのは記事のほうです。これは、決算書という財務会計の範疇だけではわかりません。こういうときに必要になるのが、管理会計です。管理会計はManagement Accountingですから、マネジメントのための会計です。
マネジメントが意味するものには予算管理のような管理業務もありますが、やはり重要なのは要所要所での経営判断です。言葉を換えれば、意思決定です。意思決定とは、複数の選択肢からいずれかを選ぶプロセスです。経営に限らず、人生はその連続です。どこの学校に行くか、どういう仕事をするか、どこの会社に入るか、転職するか、独立するか……。誰しも、それぞれの局面で複数の選択肢の中からいずれかを選んできたはずです。そして、選んだもの以外はすベて捨てる。それが、意思決定です」(276ページ)
金子さんは、新聞記事の誤りについて、ご著書の中では述べておられませんが、インターネットの記事で、損益分岐点分析の考え方が欠けているとご指摘しておられます。すなわち、売上原価率は、売上の増加とともに下がることが一般的なので、記事が指摘するように、売上が増加すれば赤字も膨らむということは考えにくいということです。もし、売上原価率が、売上高にかかわらず一律であるとすれば、記事の指摘のようになるのですが、現実には、売上が増えれば売上原価率は下がるので、客数が増え、売上が増えれば、売上総利益は黒字になります。
それはさておき、金子さんのご指摘の主旨は、財務会計には限界があり、管理会計によって、さらに詳しく自社の状況を把握する必要があるということです。このことについては、広く理解されていると私は考えていたのですが、日本を代表する経済紙でも誤った記事を書いてしまうくらい、まだ、管理会計に関する理解があまり深くないのが実態のようです。もちろん、中小企業では詳細な管理会計を導入する必要はありませんが、少なくとも、部門会計や原価計算などから導入し、それでも情報が不足する場合は、管理会計の範囲を広げていくことが望ましいと思います。
ちなみに、管理会計は、金子さんのご指摘しておられる意思決定以外の目的でも活用されます。まず、経営者の役割は、「事業の計画を立てること」と「事業を統制すること」となので、その経営者の役割に合わせて管理会計も「計画会計」と「統制会計」に分けられます。さらに、計画会計は利用目的の計画によって、「個別計画のための会計」と「期間計画のための会計」に分けられます。個別計画のための会計とは、どのような製品を製造すべきか、新しい設備投資を行なうかどうかといった、個別の課題に対処するための判断を行なうために利用される会計の手法で、機会原価や貢献利益など、個別計画のために利用される手法がこれに分類されます。
一方、期間計画のための会計は、将来の一定期間の利益などを計画するために利用されるもので、損益分岐点分析がその代表例です。また、統制会計は、標準原価計算や予算管理などを指します。ところで、3つに分類された会計の手法は、個別計画のための会計が経営者の意思決定のために利用されることから、「意思決定会計」と分類され、一方で、期間計画のための会計と統制会計は業績管理などに利用さることから、「業績管理会計」として分類されることもあります。
2025/5/9 No.3068