鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

CCCをマイナスにして再投資にあてる

[要旨]

米アップル社は、iPhoneなどを製造している会社ですが、実際には、企画・開発・マーケティングだけに集中しており、製品の製造は、鴻海などのEMSに委託しています。その結果、自社の棚卸資産が少なくなったことなどにより、CCCがマイナスになり、それは、融資や出資を受けるときと同じような資金調達の効果を実現しています。このような特徴は、自社の事業活動を優位に進めることを可能にしています。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、キャッシュ・コンバージョン・サイクルは、支払から入金までのタイムラグを意味していますが、ビジネスにおいては支払が先に来て入金は後に来るというのが普通の順番であり、したがって、支払から入金までの間は資金が不足する、すなわち運転資金が必要になるということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、キャッシュ・コンバージョン・サイクルがマイナスになる会社があるということについて述べておられます。「サムスンのキャッシュ・コンバージョン・サイクルは製造業として標準的な水準ですが、アップルはマイナスになっています。しかも大幅なマイナスです。一般的に、キャッシュ・コンバージョン・サイクルはプラスになるのが普通ですから、多くの企業はなるベくそれを短くしようと頑張っています。そのような中で、キャッシュ・コンパージョン・サイクルが、これだけマイナスになるのは異例のことです。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルがマイナスということは、先に入金があって支払は後になっているということです。その理由として考えられるのは2です。それは、ビジネスモデルの違いと、取引先との力関係です。まず1つ目のビジネスモデルですが、サムスンは典型的な電機メーカーです。アップルもiPhoneなどの各種製品を製造している電機メーカーですが、アップルはほとんど製造をしていません。製造は鴻海などのEMS(Electronics Mnufacturing Service、電子機器受託製造サービス)にほぼ全面的に委託し、自身は企画・開発・マーケティングだけをやっているような企業です。

アップルのビジネスモデルの実態は製造業というよりもサービス業に近いので、棚卸資産をほとんど持っていない可能性があります。ビジネスモデルという点では、アップルがApple StoreやiTunes Storeを通じてアプリや音楽を販売している点もサムスンとは異なります。これらのデジタルコンテンツはダウンロードされたり、ストリーミング再生されたりするだけですから、そもそも在庫というものが存在しません。

また、販売量に応じて開発者やアーティストに印税のような形で報酬が支払われているとすれば、入金が先で支払が後になります。キャッシュ・コンパージョン・サイクルがマイナスである理由として考えられる2つ目は、取引先との力関係です。一般的に、回収サイトと支払サイトは取引先との力関係で決まります。仕入先よりも強い立場であれば、仕入先に対する支払を遅くできます。また、顧客よりも強い立場であれば、代金の回収を早期に求めることができます。

アップルの場合、仕入先と顧客の両方に対して強い立場にあることが想像できます。仕入の面では、アップルと取引をしたい部品メーカーは世界中に山ほどいるでしょうから、少々不利な取引条件でもアップルと取引をする可能性があります。また、アップルにとっての顧客である家電量販店や電話会社は、どこでもアップルの製品を取り扱いたくてしょうがないわけですから、これも不利な取引条件を呑む可能性があります。(中略)

大幅にマイナスになっているアップルのキャッシュ・コンパージョン・サイクルは、単にアップルの安全性を高めているだけではありません。早期に資金回収ができるわけですから、それを次の製品の研究開発に迅速に再投資できるのです。なかなか真似のできないマイナスのキャッシュ・コンバージョン・サイクルは、アップルのイノベーションを支える1つの理由になっているとも言われています」(234ページ)

米アップル社の2024年9月期のCCCを試算してみたところ、▲110日で、前年の▲100日からさらに10日間マイナスになっています。また、ファブレス企業についてですが、アップル社以外には、任天堂キーエンスファブレス企業といわれています。これらの会社は、製品の企画・開発・マーケティングに強みがある点で共通しています。そして、その強みをさらに発揮するために、自社は製品の企画・開発・マーケティングに集中し、製造はEMSに委託するという分業体制は、今後も進んでいくでしょう。

話を本題に戻すと、前回、CCCは一般的にはプラスになると説明しましたが、最近は、アップル社をはじめとして、Amazon、Dellなど、CCCがマイナスになっている会社が登場するようになりました。CCCは、資金効率を高めることを管理するための指標でしたが、CCCをマイナスにすることで、融資を受けたり、出資を受けたりすることと同様の効果を得ることができるようになり、その度合いを示す指標にもなっていると考えられます。

ただ、CCCをマイナスにできる会社は、アップル社など、製品に強みのある会社に限定されています。とはいえ、資金調達は融資や出資以外の方法もあるということをアップル社などが示しており、遠くない将来、日本の中小企業でも、CCCをマイナスにする会社が現れるのではないかと、私は考えています。

2025/5/3 No.3062