[要旨]
会議で対立する意見が出たときは、足して二で割ることでその場を収めることが起こりがちです。しかし、それは、必ずしも、正しい結論とは限らないので、参加者が納得するかどうかではなく、あくまで、正しい結論を出すかどうかにこだわらなければなりません。
[本文]
アマゾンジャパンの立ち上げメンバーで、経営コンサルタントの佐藤将之さんのご著書、「amazonのすごい会議:ジェフ・ベゾスが生んだマネジメントの技法」を読みました。同書によれば、ベソスは、会議でソーシャル・コヒージョンが起きないように注意していたそうです。ソーシャル・コヒージョンとは、日本語では社会的一体性というそうですが、ベソスは次のように説明していたそうです。
「天井の高さを推測するとき、ある人は『2m50cmくらいじゃない?』と言い、ある人は、『3メートルくらいかな?』と言いました。それを聞いたもう1人が、『じゃあ2m75cmということにしない?』と言い、他の2人も『そうしよう』と言って2m75cmにすることにしました。これがSocialCohesionが起きた瞬間だ。曖昧な数字で、なんとなくゴールを決めたり、実績を測ったりしてはいけない。ちゃんとメジャーを持ってきて、天井の高さを測らなければいけないんだ」これについても、ほとんどの方が理解すると思います。
例えば、会議で2つの意見が出たとき、「足して二で割る」方法で、お互いの体面を保とうとすることは、特に、日本では、しばしば起こりがちです。それは、会議の場ではいちばん落ち着く方法ですが、ビジネスの観点からは、足して二で割った結果が、必ずしも正しいとは限らないことも事実です。ですから、会議で優先することは、参加者の体面ではなく、ビジネスとして成功する正解を求めることだということです。繰り返しになりますが、これは、頭では理解できても、なかなか実践できないことではないかと、私は感じています。
そして、ここからは私の想像ですが、ベソスがソーシャル・コヒージョンを戒める理由には、当事者意識を高める目的もあるのではないかと思っています。なぜなら、ソーシャル・コヒージョンに基づいて意思決定をしていれば、その結果が失敗につながっても、失敗の責任の所在が不明確になってしまうからです。だから、会議の参加者が納得したかどうかにかかわらず、会議では「正解」の意思決定が行われなければ、それは会議の参加者に責任があることを明確にするという意味合いもあるのだと思います。
2022/2/10 No.1884