鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ

[要旨]

経済評論家の加谷珪一さんによれば、近代以降、イノベーションによって社会の生産力が格段に増強され、人々の生活が圧倒的に豊かになった結果、経済的利益など、ある目的を達成するために合理的に、人為的に作られた集団であるゲゼルシャフトがつくられました。一方、疎外感を感じることなどの理由で、地縁血縁など濃密な人間関係によって自然に結びついた集団であるゲマインシャフトを選ぶことがありますが、それは経済発展の妨げとなることから、それを乗り越えて、ゲゼルシャフト化へ移行しなければならないということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経済評論家の加谷珪一さんのご著書、「国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、加谷さんによれば、かつて、経済産業省東芝の株主に不当な圧力をかけたことがありますが、それは、企業のガバナンスにおける根本的な善悪について、東芝経産省がまったく無理解だったことが原因であり、そのような会社が上場している日本の株式市場は世界の投資家から見放され、資金調達の環境が悪化するということについて説明しました。

これに続いて、加谷さんは、日本の会社はゲマインシャフトからゲゼルシャフトに移行しなければならないということについて述べておられます。「もしテクノロジーというものが十分に発達しておらず、財やサービスの生産に制限がある場合には、望むと望まざるとにかがわらず、多くの集団がゲマインシォフトにならざるを得ないでしょう。生産や移動が限られるわけですから、人々はもともと帰属していた地域での生活を受け人れるしか選択肢はありません。こうした生活は世界史の中では『中世』的なものとして位置付けられます。

多くの人が意識しないままに通り過ぎているかもしれませんが、世界史の分野では『中世』と『近代(モダン)』には、決定的に大きな分断が存在すると考えます。中世と近代はまったく異なる社会であり、すベての枠組みが変わります。民主主義や資本主義、国家、人権といった、現代のスタンダードとなうている思想や概念、価値観のほとんとは近代化によって誕生してきたものです。中世から近代への移行は、主に精神的な変化と捉えられていますが、科学技術が果たした役割も無視することはできません。

イノベーションによって社会の生産力が格段に増強され、人々の生活が圧倒的に豊かになりました。自身が作ったモノや自分の労働力を市場で売買できるようになり、モノやサービスには交換価値が生じるようになりました。ギリギリの富を分け合う必要がなくなり、多くの人が主体的に自身の生活を確立できるようになったのです。これが近代工業社会であり、これに伴って人々の価値観や組織のあり方も激変することになりました。先ほどまで説明してきたゲゼルシャフトは、近代工業化によって出現した集団形態と考えることができます。

人は一旦豊かになると、基本的にその生活の質を落とすことは困難です。医療が貧弱な社会では、食中毒になったり、風邪をこじらせただけで命に関わります。しかし豊かな社会では、よほど重篤な疾患でなければ命の心配をする必要はありません。ゲマインシャフトゲゼルシャフトにはそれぞれ長所と短所があるわけですが、多少の欠点があっても、経済的に豊かで、かつ個人の自由が尊重され、暴力的な支配から無縁となるゲゼルシャフトの方が良いに決まっています。

実際、そうした理由から、多くの国が大枠としてはゲゼルシャフトを目指して経済や社会の運営を行ってきたわけです。しかし、これまで述ベてきたように集団の全員がゲゼルシャフト的な合理主義で満足できるとは限りません。一部の国では、少なくない割合の人が、しがらみがあっても従来型のゲマインシャフトを選ぶ傾向があります。一般的に途上国ほと、ゲマインシャフト的な社会であることが多く、先進国の社会はほとんどがゲゼルシャフト的に運営されています。

一方で、トルコのようにEU(欧州連合)への加盟を目指しながらも、人権保護などの面でなかなか近代化が実現できず、半分はゲマインシャフト的な国もあるわけです。つまり、グマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行というのは、歴史的必然ではありますが、超えなければならない大きなカベも存在しています。ゲゼルシャフト化に伴って発生する個人の疎外感という問題を解決できなければ、社会を適切に運営することはできないでしょう。

日本は経済的にも法制度の面でも基本的には先進国に分類されていますが、他の先進諸国とまったく同じレベルで近代化できているのかというとそうではありません。社会の一部ではゲマインシャフト的な風潮が色濃く残っており、これが、日本人特有のマインドを形成し、経済活動のマイナス要因となっています。ゲゼルシャフトへの移行を完璧に実施するとともに、ゲマインシャフトの社会で育まれていた温かい人間関係を、うまくゲゼルシャフトに融合させていく必要があるのです」(92ページ)

念のために、ゲマインシャフトゲゼルシャフトについて補足いたします。「社会学の分野においては、以前から前近代社会と近代社会の違いについて様々な研究が行われてきましたが、両者の違いをもっとも端的に表しているのが、ゲマインシャフトゲゼルシャフトという概念です。ゲマインシャフトゲゼルシャフトは、ドイツの社会学者であるテンニースが提唱したものです。

ゲマインシャフトは、一般的に『共同体』と言われるもので、地縁血縁など濃密な人間関係によって自然に結びついた集団のことを指します。日本の、いわゆる農村型ムラ社会は典型的なゲマインシャフトと見なすことができるでしょう。一方、ゲゼルシャフトは、経済的利益など、ある目的を達成するために合理的に、人為的に作られた集団を指します。株式会社などの営利企業はここに分類されることになります」(84ページ)

ところで、かつての日本の会社では、日本的経営の三種の神器である、年功序列、終身雇用、企業別組合によって発展してきました。これらは、まさに、ゲマインシャフトを会社にあてはめた状態です。日本経済の高度成長期以降は、本当はゲゼルシャフトの会社がゲマインシャフトとして機能していたし、それは現実だったのだと思います。

当時の従業員は会社に対する帰属意識が強いために、本当は、会社に雇われているにも関わらず、会社は従業員のものであると認識し、自分が勤務する会社を「うちの会社」と呼んでいました。また、上場会社の多くは、従業員から昇格した人が社長に就き、形式的には株主から経営を委任されているにもかかわらず、実際には、従業員の代表でもありました。そのような状況は、前述したように、高度経済成長期にはうまく機能していたわけですが、バブル経済崩壊以降は、その矛盾が悪影響となって現れるようになってきたことは、広く知られています。

一方で、加谷さんは、「ゲゼルシャフト化に伴って発生する個人の疎外感」から、「少なくない割合の人が、しがらみがあっても従来型のゲマインシャフトを選ぶ」とご指摘しておられるように、意識が変わらない人もいることも現実です。しかし、現在の日本が経済面で豊かな国になったのは、ゲゼルシャフトの会社の仕組みによるものです。この豊かさを享受する以上、経営者か従業員化を問わずに、ビジネスパーソンゲゼルシャフトを受け入れざるを得ないと、私は考えています。

2025/2/6 No.2976