鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『甘え』の構造は人間関係を悪化させる

[要旨]

精神科医である土居健郎さんは、著書、「『甘え』の構造」で、土居さん自身が米国留学中に、知人宅でアイスクリームを食べますかと聞かれ、本当は食ベたかったにもかかわらず、お腹はすいていないと答えてしまった経験から、日本人は自分に忖度して欲しいと他人に甘える習性があると述べています。これに関し、経済評論家の加谷珪一さんは、経営者や上司が「甘え」を持つことは、日本の会社において人間関係を悪化させる要因になると指摘しています。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経済評論家の加谷珪一さんのご著書、「国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、評論家の山本七平さんは、著書、「『空気』の研究」で、太平洋戦争末期、旧日本海軍の戦艦「大和」が沖縄への出撃を命じられた際、沖縄出撃を無謀だと反対する人たちのほとんどが、データに基ついた主張を行う一方で、沖縄出撃について当然だと主張する人たちは、「当然だ」という強い口調があるだけで明確な理由を提示しなかったという例をとりあげ、議論がまったく通用せず、「空気」によって決断されるというメカニズムは日本社会の至るところて起きていると指摘していたということについて説明しました。

これに続いて、加谷さんは、前近代的ムラ社会では、高い地位にある人に「甘え」を生じさせることがあるということについて述べておられます。「前近代社会の枠組みは、その地位にいる人に対して確実に『甘え』を生じさせます。組織のリーダーとなる人が、周囲に甘えた状態で正しい決断ができるはずがありません。こうした甘えが組織にもたらす弊害について鋭く指摘したのが、精神科医である土居健郎による『“甘え”の構造』(1971年)です。

土居は、日本人には他人に依存し、甘えたいという性質があるとしており、分かりやすい例として、本人が米国で体験した出来事について冒頭に記しています。米国の大学で学ぶため渡米した土居は知人宅で、アイスクリームがあるが、食べますかと聞かれ、本当は食ベたかったにもかかわらず、お腹はすいていないと答えてしまいました。相手はアイスクリームを出してくれず、『お腹がすいていると答えればよかったと内心くやしく思ったことを記憶している』(『“甘え”の構造』)と述ベています。

こうした行為は見方によっては、控え目で慎ましやかということになるのかもしれませんが、実際には相手に対して『私がアイスを食べたいということを忖度して欲しい』、あるいは、『欲しいと言わなくても察して出して欲しい』と要求しているとも解釈できます。土居は、こうした日本人の心理に『甘え』の構造が見て取れると指摘しています。事実上は相手に対して自身への忖度や敬意を要求しているのですが、あくまでやって欲しいというお願いの形で本人の中では処理されています。このメカ二ズムは日本政府が近年、乱発している『お願い』という名の強制を見れば一目瞭然ですが、これ以外にも『甘え』の構造は、日本社会の至るところで見つけ出すことができます。

コロナ危機以前、日本政府は経済を活性化させるため、大量の外国人観光客を日本に呼び込むというインバウンド戦略を立案し、『おもてなし』が合い言葉となりました。しかし日本流のおもてなしは、あまり成功したとは言えません。一部の外国人観光客には好評でしたが、日本旅館などにおいては、サービスがあまりにも画一的であるとして、高い評価が得られず、日本政府が旅館業界に改善を求めるという異例の事態となりました。政府が指摘していたのは、食事に選択肢がなく、しかも決まった時間にしか食事が出されないといった旅館のサービス内容についてなのですが、この事例は、日本人特有の精神構造を如実に示しているといってよいでしょう。

日本流のおもてなしというのは確かにすばらしいものですが、一方で相手には選択肢がないことがほとんどです。しかも相手に対して『すばらしいですね』、『感動しました』と言って欲しいという感覚が強く出ており、おもてなしをしている当人たちにはその意識がありません。相手が何を求めているのかという視点は残念ながら存在していないのです。案の定、旅館のサービス内容の見直しについて二ュースで報じられると、ネット上では、『日本が嫌なら来るな』といった批判の声が溢れかえっていました。この話は本音とタテマエの話にも似ています。

会社の飲み会で新人に対して『忌憚のない意見を言って欲しい』と上司が言い、新人が『残業を減らして欲しい』と言うと、『何を生意気なことを言っているのだ』と怒られるといった具合です。つまり上司は無自覚的に部下に対して自分を忖度し、わきまえた態度を取って欲しいと考えているということであり、これは部下に対する『甘え』ということになるでしょう。(中略)つまり『甘え』という構造が本音とタテマエの乖離をもたらしているのです。『甘え』の構造は日本人の人間関系に極めて重大な影響を及ぼしています。

相互に甘えるという関係がもっとも成立しやすいのは親子や家族ですが、土居は、日本人は家族以外の人間に対しでも、『甘え』の度合いで距離をはかる傾向があると分析しています。そして、すベての人間関係に対して、家族的な『甘え』を求めており、これが社会の基本的な仕組みを形つくっていると考えます。その結果、『甘え』が通用する『内』と『外』が明確に区分され、身内に甘える傾向が強い人ほど、内側の世界ではわがままになります。一方、外の世界に対しては、完全に他人という認識となり、相手が弱いと見るや傍若無人な振る舞いに及びます。

逆に外の世界が自分よりも強かった場合には行動はまったく逆になり、相手に媚びたり、へつらったりずるなど、取り入るような態度が顕著となるわけです。日本では公私混同が激しく、力のある人は組織を私物化すると言かれていますが、土居はこの問題について公私の区別と内外の区別の違いであると説明しました。日本人は内外の区別ははっきり付けますが、身内であると判断されれば、そこには公私の区別はなくなります。日本において公私混同が横行するのはむしろ当然の結果であるという分析です」(187ページ)

引用部分の前半の、「甘え」に関してですが、日本人がどうして「甘え」の考え方を持っているのか、どうすれば「甘え」ないようになるのかということについては、私は専門外なので、それを説明することはできません。でも、会社で経営者や幹部従業員が「甘え」をもっていると業績に悪影響が出るということについては間違いないと言えるし、これは多くの方にも同意していただけるでしょう。しかし、精神科医である土居さん自身でさえ、「甘え」の考えをしていたわけですから、私を含む「普通の人」は強く意識していなければ、「甘え」を捨てるということは難しいのかもしれません。

私としては、経営者になろうとする人、幹部になろうとする人は、強い倫理観を持つしかないとしか述べることができません。少なくとも、上司が部下に対して、「忌憚のない意見を言って欲しい」などというようなことを言えば、それは、部下からすれば、「私を忖度して、『よい上司ですね』と誉めて欲しい」という要求にしか聞こえないわけですから、言わない方がよいでしょう。そして、後半部分の経営者や幹部の公私混同は、原因はどうであれ、許されることではありません。

いまはかなり減っていると思いますが、かつては、幹部や経営者になれば、交際費を私的に使えるようになると考えていたビジネスパーソンもいたようです。しかし、そういった行為は、会社に対して金銭的な損失をもたらすだけでなく、コンプライアンスの観点から問題であり、部下やステークホルダーからの評価をさげ、かつて以上に業績に悪影響を与えます。まとめとしては、かつては、ムラ社会で通用していたような「甘え」や公私混同は、現在は極めて問題となる行為ですので、ビジネスパーソンはそのような行為をすることは許されず、それができなければ、会社の業績は悪化する一方となるということです。

2025/2/9 No.2979