[要旨]
良品計画の元社長の松井忠三さんによれば、どんな会社でも、日々、トラブルが発生していますが、その対処法を会社内で共有することで改善に活かすことができることから、同社ではクレームが発生したときの対応方法についてマニュアルで定めた結果、2002年下半期に約7千件あったクレームが、2006年上半期以降は約1千件に減少したということです。
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今回も、前回に引き続き、良品計画の元社長の松井忠三さんのご著書、「無印良品の教え『仕組み』を武器にする経営」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、松井さんによれば、同社のマニュアル2,000ページのうち、毎月、20ページほどを更新しているそうですが、こうした頻繁な更新は、より実践的なマニュアルが作られていくだけでなく、改善を提案する従業員の方たちの参画意識を高め、自主性を涵養しているということについて説明しました。
これに続いて、松井さんは、マニュアルによってクレームを大幅に減少させることができたということについて述べておられます。「どの企業でもクレームは日々発生しますし、さらに社内でもコミュニケーション不足などが原因で、さまざまなトラブルが起こります。こうしたミスやトラプルは企業全体で共有してこそ、初めてプラスに転化できます。MUJIGRAMでは『危機管理』というジャンルだけで1冊のマニュアルになっていますし、業務基準書でも『リスク管理』に関するマニュアルはあります。
ちなみに、危機管理のファイルだけ赤いファイルを用いています。特に昨今は企業のコンプライアンス(法令遵守)が重視されているので、無印良品でもコンプライアンス・リスク管理委員会をつくってしっかりと対応する体制を整えています。リスク管理をマ二ュアル化するときに、必ず『具体的な事例』と『対処例』を入れるのがポイントです。多くの企業や団体でもコンプライアンスのマ二ュアルを作成していますが、たいていは相談窓口を設けているという説明や、セクハラやパワハラをしない、個人情報を勝手に利用しないといった禁止事項を述ベているだけです。
社外の人に『わが社はこのようなことに気を付けています』と知らしめるためにはこれで充分ですが、リスク管理についての社内の指針になっていないのは明白です。他のマニュアル同様、読んだ人がきちんと対応できるようにするためには、どのような場面でどのような対応をすればいいのかを明記しなければなりません。たとえばMUJIGRAMでは、お客樣からクレームがあった場合は、一次対応として5つの応対を決めています。
(1)限定的な謝罪、(2)お客樣の話をよく聞く、(3)ポイントをメモする、(4)問題を把握する、(5)復唱する、という対応があり、それぞれのポイントで『言い訳をせずに最後まで聞く』、『お客樣の表現でメモする』といった注意点も記してあります。最終的な対応は店長がきちんとしますが、最初の対応は全スタッフができるようにしておかなければなりません。対応するのが新人スタッフであっても、お客樣にとってはみな同じ無印良品のスタッフですので、これはスタッフの責務なのです。
お客様と直接接しない部署であっても、取引先とのトラプルはあります。そこで業務基準書では、衣服・雑貨部など取引先と契約や取引でのトラプルが起きると想定される部署では、リスク管理のマニュアルを作成しています。部下がミスやトラプルを起こしたときに、『次からは気を付けるように』の一言で済ませてしまうリーダーもいるでしょう。その後、その部下はミスをしないよう気を付けるかもしれませんが、他の部下が同じミスをする恐れもあります。ミスやトラプルが起きたとき、誰が悪いのかという犯人探しをして責任を追及するのが本来のリスク管理の目的ではありません。
同じトラブルを未然に防ぐための判断材料として、その情報を役立てるべきです。そのためにもトラプルの事例はフオーマットをつくって、管理しておくといいでしょう。無印良品ではこのような体制を整えてから、2002年度下期に7,000を超えていたクレームが、その後右肩下がりになり、2006年度上期以降は1.000件台前半を推移しています。これは、重復して起こりうるクレームの発生を未然に防止できた成果だといえると思います」(99ページ)
私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じのですが、多くの会社ではリスク管理が十分ではないようです。その要因として考えられることは、マニュアルの整備と同様に、管理業務は緊急性が低いことから後回しになってしまうということもありますが、さらに、リスクは表面化しにくいことがあり、経営者の方の関心が低いということもあるのではないかと思います。
ところが、良品計画は事業の規模が大きいという面もありますが、クレームが7,000件から1,000件に減少しているということを考えると、クレーム対応の改善は業績に大きく貢献すると考えることができます。というのは、クレームが減少すれば、それは自社を支持する顧客が増えているというだけでなく、クレーム処理に要する労力を前向きな活動に振り向けることができるからです。
こう考えれば、守りの活動のように思われますが、クレーム対応をマニュアルに記載することで、円滑な対応方法を社内で共有し、クレームを減少させることは、実は攻めの対応になるということになるでしょう。繰り返しになりますが、マニュアル整備や危機管理は管理活動であり、収益に直接的に関係がないように考えている経営者の方は多いと思いますが、良品計画に倣い、業績を向上させるためにクレーム対応をマニュアルに記載し、社内で共有することをお薦めしたいと思います。
2025/12/28 No.3301
