鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

マニュアルで仕事を標準化する効果

[要旨]

良品計画の元社長の松井忠三さんによれば、優秀な従業員が持っている、生産性を高めるノウハウをマニュアルに取り込むことは、会社全体の生産性を高めることになりますが、マニュアルの改善は重要ではあるものの緊急性が低いということで後回しにされてしまいがちなので、経営者はマニュアルの改善は組織の重要な課題ととらえ、それが着実に行われるように働きかけることが大切だと考えているということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、良品計画の元社長の松井忠三さんのご著書、「無印良品の教え『仕組み』を武器にする経営」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、松井さんによれば、同社のマニュアルには作業の目的が書かれていますが、それは、どのような会社にしたいかなどといった理念を浸透させるために必要だからだということであり、スローガンを掲げるより、マニュアルで理念を作業に落とし込んで全員でやるほうが、自然と心はそろっていくということについて説明しました。

これに続いて、松井さんは、マニュアルを活用して生産性を高めることが大切ということについて述べておられます。「仕事の生産性を上げるために、KPIという指標を使ってマネジメントする方法が多くの企業で用いられています。(中略)私はKPIを使うと目の前の数字を追うことで近視眼的になると考えています。すベての業務を数値化して評価するようにすれば、個人の成長度合いは可視化できるかもしれません。ただ、それはすベて組織や個人の数値目標のためであり、『お客様のため』という視点が抜け落ちてしまいます。

数値目標を達成するためには、たとえば宅配便で一軒ずつ手渡しするより、玄関先に置き配するほうが数分ずつ時間を短縮できるので、より多くの荷物を運ベるでしょう。しかし、外に置いてあるときに大雨が降ってきたらどうなるでしょうか?家の中で待っているのに、玄関先に置かれたお客様の気持ちはどうでしょう。お客樣を満足させるどころか、信頼を失うことになりかねません。数値だけを見ていると、ビジネスの本質を見失いがちです。さらに、重要だけれども緊急ではない課題の解決を後手に回してしまいます。マニュアルの作成も、重要だけれども緊急ではないと判断され、後回しにされそうな業務です。

多くの会社では、『忙しくてマニュアルをつくる時間がない』と考えるのではないでしょうか。私は、忙しいからこそマニュアルをつくり、仕事を標準化する効果を知っていただきたいと思います。この先何年も何十年も目の前の仕事に流されるだけの日々を送るより、今無理をしてでもマニュアルを作成する時間をつくれば、仕事の仕方は激変し、時間に余裕が生まれます。一人ひとりに余裕が生まれれば、社内の雰囲気も変わり、それが社風にもつながります。いいマニュアルは業務の仕方を変えるだけではなく、組織の根幹も変える力を持っているのです。

マニュアルを作成するときは、部署ごと、あるいはチームという単位で普段の業務を洗い出していくのが基本です。自分一人ではなく、復数の人が業務を一つひとつ検討することでムダを割り出せる。これが、マニュアルをポトムアップでつくるメリットの一つです。何から手を付けたらいいのかわからず、悩む人もいるかもしれませんが、そんなときは、まずは自分の普段の業務を見直すところから始めてみてもいいでしょう。

営業担当なら、『電話をかけてアポイントを取る』ところから始めて、『商談で何を話すのか』、『自社の商品やサービスの説明』、『同業他社との比較』、『先方の要望を聞く』など、交渉の際の業務まで細分化してみます。それを、すベての営業担当ができるように、明文化していきます。このとき、ただ漫然と業務を書き出すのではなく、(1)本当にその業務は必要なのか、あるいは、(2)足りない業務はないかをチェックします。そうやって意識して見ると、普段何となくやっている業務にも多くのムダが潜んでいるのだと気付くことができます。

営業はノルマを設けている企業もあり、優秀な営業マンほど、自分のノウハウを他の社員に教えたくない傾向があるかもしれません。しかし、組織にとっては、ナンバー1営業マンが一人いるより、すベての営業マンが80点のレベルであるほうが、業績は安定するのではないでしょうか。ナンバー1、ナンバー2といった個人の能力をあてにしていると、その個人がいなくなると途端に組織はガタガタになります。したがって、全員の能力を平均点以上に引き上げるほうが、どんな時代でも生き残っていける強い組織になると言えます。

そもそも、これだけ情報の透明化やIT化が進んでいる時代です。契約件数を上げるために科学的なアプローチをしている企業もあるので、個人の能力で太刀打ちできる状況ではなくなってきました。みんなでノウハウを共有して、一緒に契約件数を上げるために知恵を絞るほうが、組織としては強くなるはずです。もちろん、全員の能力を平均点以上にそろえるのは簡単ではありません。だからこそ、多くの企業では優秀な社員の能力に頼りがちになるのでしょう。

しかし、それ以外の社員は能力に問題があると見なして、個人のせいにして終わりにしてしまったら、その組織はいずれ行き詰まってしまいます。社員の能力を引き上げるのは、社員本人の問題ではなく、組織の責任です。誰もが能力を上げられるような仕組みをつくれば組織全体の生産性も上がるので、個人の力に頼っていた時以上に業績はアップするはずです。仕事の効率も、マニュアルによって高められます。無印良品の店舗では、売れた品を棚に補充するための『品出し』を、以前は頻繁に行っていました。

これを、売れ筋の商品は多めに品出しをし、回転の悪い商品は一日一回さらに品出しの時間は90分と決めたところ、品出しの回数が減り、現場のスタッフは他の作業に回れるようになりました。さらに、回転の良い商品の売り上げが上がって効率的に売り上げアップを図れるようになり、いい循環が生まれました。このように、一つの作業を見直すだけで、生産性がアップする効果があります。KPIなどの指標を使わなくても、いい仕組みさえつくれれば、組織全体の生産性を上げることができます」(84ページ)

松井さんはKPIに否定的ですが、これは誤解に基づく考え方です。KPIは、バランススコアカード(BSC)という業績評価に使われるツールですが、もともと、BSCは、松井さんが否定的である近視眼的な経営を避けるために開発されたものです。BSCでは、財務、顧客、業務プロセス、学習と成長の4つの観点から戦略を策定し、それらを有機的に関連付けしますが、その際、それぞれの戦略の達成状況を評価するための指標がKPIです。かつては、多くの会社の活動が、財務面の指標ばかりで評価されていたことから、財務面の評価に偏らないよう、業務プロセスや学習と成長の長期的な改善アプローチも評価できるよう、BSCが開発されています。

おそらく、松井さんは、KPIとは財務面の評価をする指標と考えているため、KPIに否定的なのだと思いますし、もし、KPIを財務面にしか設定していない会社があるとすれば、それは誤った使い方です。例えば、松井さんは、良品計画では、品出しに割く時間を、回転の悪い商品は90分に限定するようにマニュアルを改善したと述べておられますが、これれは、業務プロセスの視点に基づく改善活動です。これにKPIを設定するとすれば、「品出しに要する時間の短縮」をKPIに設定すれば、KPIは長期的視点に立った改善活動に有効なツールとなるでしょう。

話しを本題にもどすと、松井さんは、マニュアルをノウハウを共有するために活用することが重要だと述べておられます。ノウハウが共有化されれば、会社全体の生産効率を高めることができます。一方、マニュアルの整備は机に向かって行うものであることから、マニュアルを整備することは効率を高めることを妨げているという印象を持たれてしまう傾向があるようです。しかし、マニュアルがなければ、生産性を高めるノウハウは、各従業員の頭の中に暗黙知として蓄積されるのみであり、組織活動としてのメリットを発揮することができません。

したがって、経営者の方は、まず、マニュアルの整備の重要性を認識し、それが後回しにされることのないよう、マニュアルが改善された回数をKPIに設定するなどの動機付けを行うこが望ましいと私は考えています。繰り返しになりますが、事業活動は組織的な活動ですので、マニュアルの整備のような組織全体に資する活動が重要だという認識を会社に定着させることは、組織としての力を高めることになり、そのための働きかけを継続して行うことは、経営者の重要な役割と言えるでしょう。

2025/12/25 No.3298