鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

戦略は潜在的な情理に支配されてしまう

[要旨]

冨山和彦さんによれば、人間的情理や組織的情理が、競争上・経済上の合理と衝突する場面になると、ほとんどの組織では、合理は情理に支配されてしまうそうです。その理由は、一般に組織の長ほど共同体の論理や人間関係などに支配され、潜在意識の中で戦略を決めてしまっているからだそうです。そこで、適切な戦略を断行するためには、「会社のかたち」を変革する必要があるということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんのご著書、「結果を出すリーダーはみな非情である」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、冨山さんによれば、日本の会社の社長にもっとアクセルを踏ませるようにするには、少人数で意思決定する仕組み、具体的には、部・課長クラスを含めた3人の体制が望ましいそうですが、その一方で、課長程度の視点しか持っていない人が社長に就くと、ボトムアップの意思決定を行い、自分の責任を回避しようとすることもあるので、そのような人を社長に就けてはいけないということについて説明しました。

これに続いて、冨山さんは、戦略は無意識のうちに潜在的な情理に支配されてしまうので注意が必要ということについて述べておられます。「経営学の古典的名著に、アルフレッド・D・チャンドラーJrの『組織は戦略に従う』がある。ただし、組織論における今日的な課題の多くは、結果的に戦略が組織に従ってしまう点にある。わかりやすく言うと、人間的情理や組織的情理が、競争上・経済上の合理と衝突する場面になると、ほとんどの組織では、合理は情理に支配されてしまうのである。なぜなら、一般に組織の長ほど共同体の論理や人間関係などに支配され、潜在意識の中で戦略を決めてしまっているからだ。

例えば、ソニーの新CEOに、平井一夫さんが就いた。仮に、創業者である井深大盛田昭夫という、2人の偉大な経営者の時代への過度なノスタルジーがあの会社の呪縛であるとして、彼はそれを断ち切ることができるだろうか。『今、我々は、井深さん、盛田さんの幻影を断ち切るところからスタートしなければならない』と言ったら、翌日から平井降ろしの圧力が四方八方から働くかもしれない。実際はどうかわからないが、戦略は、無意識のうちに潜在的な情理に支配されてしまうことが現実には多いのである。(中略)

仮に、ソニーの事業をいったん半分にそぎ落として、それこそ伝統的には『ソニーらしい』とされている事業も容赦なく切り捨てて、そのうえで、年齢67歳の巨大企業であるソニーが、今、本当に持っている強みに集中していけば、十分再生の可能性はあると、私は考えている。しかし、それを平井さんが実行したら、“ニュートロン(中性子爆弾、GE社を祖業の民生電機部門を売却することで再生させたジャック・ウェルチのニックネーム)・ヒライ”と海外でも有名になるだろう。(中略)ソニーは形式的には、委員会等設置会社というアメリカ型ガバナンス体制を敷いている。

しかし、現場まで含めた企業全体の統治という観点で言えば、内部的にはCEOが独裁権力者でトップダウンで何事も決めることを受け入れる『ムラの空気』には、いくらソニーでもまだなっていないのではないか。そこで、ウェルチがやったような革命的な『選択と集中』戦略を断行することは、それと並行して『会社のかたち』を変革する必要があるのだ」(215ページ)

本旨から少し外れますが、「組織は戦略に従う」と、「戦略は組織に従う」という2つの考え方について説明します。20世紀初頭の米国では、ゼネラルエレクトリック、ゼネラルモーターズ、デュポンなどが、事業部制組織を導入するようになりました。その背景には、会社の事業規模が拡大していった結果、製品や地域によって、異なる課題を持つようになってきたことから、その課題を、それぞれの製品や地域ごとに事業部をつくり、各事業部に解決を委ねることのほうが、会社全体で課題解決に取り組むよりも効率的であったからという事情があったようです。

このような会社組織の変遷について、米国の経営史を研究していたチャンドラーは、1962年に出版した著書、「Strategy and Structure」の中で、「組織は戦略に従う」と述べています。これに対して、ロシア系アメリカ人の経営学者のアンゾフは、自身のロッキード社勤務時代の経験などから、組織の能力には限界があり、とることができる戦略は限定されるという考えに至ったようです。そして、これについて、1979年に出版した著書、「Strategic Management」の中で、「戦略は組織に従う」と述べています。

話を戻すと、冨山さんは、「戦略は、無意識のうちに潜在的な情理に支配されてしまうことが現実には多い」とご指摘しておられますが、これは、アンゾフの主張とは別の意味で、「戦略は組織に従う」例が多いということでしょう。これは、組織は現状を維持しようとする情理が働くからでしょう。その現状を維持しようとする意思は、会社の業歴が長くなるほど大きくなると思います。

したがって、それを変えるためには強力なリーダーシップが求められます。ちなみに、ソニーは委員会等設置会社になっていますが、これは企業統治の体制を米国型にしているということです。このことで、よりよい企業統治が行われることは期待できますが、それだけでは、よりよい経営判断ができるということにはなりません。そこで、繰り返しになりますが、現状を適切なものに変えていくためには、リーダーシップが重要になるということです。

2024/8/10 No.2796