鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

従業員にエンプロイアビリティを求める

[要旨]

冨山和彦さんによれば、経営環境の変化に合わせ、事業方針を転換する必要があったとき、これまで使ってきた能力を活かすことができない従業員がいる場合、その従業員に薄情けをかけて、続けて働いてもらうことは競争力を削ぐことになるので、避けなければならないということです。また、会社や中間管理職が、事業に貢献できない人を雇い続ける判断をすることは、その従業員のエンプロイアビリティを高める機会を失わせることにもなるということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんのご著書、「結果を出すリーダーはみな非情である」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、冨山さんによれば、組織の中で上に行けば行くほど、自分に対して厳しい意見を言ってくれる人は少なくなるので、人事評価は周りが自分をどう見ているかを知る貴重な機会でもあるととらえ、周りからの意見はとりあえず素直に聞きいれることが望ましいということを説明しました。

これに続いて、冨山さんは、会社の方針と従業員の希望がかみ合わないときはどうすればよいのかということについて述べておられます。「どんな小さな組織でも、個人がやりたいことと、チームの方針がかみ合わないことがある。あるいは、今回のプロジェクトで役に立ちそうにない人がいる、というケースもある。例えば、ある雑誌の編集部で、販売部数を伸ばすためだけに編集方針の転換を図ったとする。

そこで採用された新しい編集方針では、グラフィックが得意なBさんのスキルはほとんど役に立たない。そうなると、今のポジションでBさんは成果を出せないし、人事評価の点数がつかないことになる。そこで、編集長(出版社においては典型的なミドルマネジメント層の人)が、『Bさんがかわいそうだから、新しい編集方針は成り立たなくなる。みんなで楽しく、気持ちよく働くことが最優先課題なら、もちろんBさんの得意技が活かせて、AさんもCさんも得意分野で活躍できる。そういう編集方針がベストに決まっている。だが、それで本当に売れる雑誌がつくれるか。

出版氷河期に雑誌として生き残っていけるのか。右肩上がりの時代が終わり、競争が激しくなって不確定要素が大きい今の時代は、優しい意思決定では生き残れない。小さな組織であれば、そこを適当に流してしまっても、すぐに危機には陥らない。しかし、そういう妥協を重ねた小さな組織の集合体である会社全体は、確実に脆弱化していく。さらに、社員一人ひとりの将来を考えた場合、そこで無理やりBさんが成果を出せる場を用意することが、本当にBさんのためなのか、真剣に考える必要がある。無理やりグラフィックスを入れたことで、Bさんは得意技を発揮できたけれど、結局、雑誌は売れなかった。

『みんなで頑張ったけれど、ダメだったね』と、お互い傷をなめ合う結果が、Bさんの明日につながるのか。むしろ、『おれは頑張ったけど、そもそも編集方針を変えたことが間違いだった』とBさんが勘違いしてしまうかもしれない。そこで、彼の進歩は止まってしまう。『Bさんがかわいそうだから』という薄情けが、却って徒(あだ)になるのである。『申し訳ないけれど、この局面であなたが活躍できる仕事や役割はありません』と、はっきり言ってあげた方が、本人のためになる。そういうケースは非常に多いのではないだろうか」(242ページ)

経営環境が複雑になっている時代において、ビジネスで最善の成果を得るためにはメンバーの能力も重要な要素であることは言うまでもありません。そうであれば、従業員にも能力、すなわちエンプロイアビリティを高めなければなりません。もちろん、会社側も、従業員のエンプロイアビリティを高めるための機会の提供に協力するべきと考えられます。もう一つ重要な観点は、雇用の流動化です。冨山さんの例では、Bさんはたまたまエンプロイアビリティを活かすことができませんでしたが、いくら経営環境に応じた方針転換といっても、その結果でBさんが職を失わなければならなくなるとすれば、それは現実的ではないでしょう。

したがって、会社内や会社外での流動性が図られることが必要でしょう。事実、経営コンサルタント安田佳生さんなどが参画している「雇わない株式会社」では、「社員の個人事業主化」を支援する事業を始めています。これは、これまでひとつの会社に勤務していた人が、自分の得意とする業務について複数の会社から請け負うことで、エンプロイアビリティをさらに活用することができるようになります。この雇わない株式会社はひとつの例ですが、これからの会社は、従業員のエンプロイアビリティを高めることと、雇用の流動化を進めていくことは、会社の競争力を高めることになると、私は考えています。

2024/8/15 No.2801