鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

成長や価値の増大を目的とした構造改革

[要旨]

米国のIBMは、1990年頃、業績不振に陥ったことから、再建屋のガースナーをCEOに招き、彼の指揮の下、リストラクチャリングを実施しました。このリストラクチャリングは、単なる縮小均衡を指すのではなく、財務、戦略、業務という3つの要素で構成された、統合再生計画の下で実施されるものですが、本来は、外部の再建屋を頼ることなく、自力でゴーイングコンサーンとなることが理想的です。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、キリンビールは、かつて、60%のシェアを持っていましたが、そのことが自社を慢心させ、商品開発や営業努力を怠ったことから、アサヒビールの追撃に敗れ、シェアトップの座を奪われましたが、同社のような成功体験が自社を苦境に陥らせてしまうことは「成功の復讐」と呼ばれ、これを避けるためには、常に経営戦略を見直し、挑戦し続けることが求められるということを説明しました。

これに続いて、遠藤さんは、IBMのリストラクチャリングで再生された事例について述べておられます。「企業再生のことを『リストラクチャリング』と呼びます。このリストラクチャリングというのは、一般的によく使われる『リストラ』とは異なります。『リストラ』は、人員解雇や雇用整理といった意味でよく使われますが、本来のリストラクチャリングとは、『企業の成長や価値の増大を目的とした企業の構造改革』を意味するものです。

決して、縮小均衡のみを指す言葉ではありません。リストラクチャリングは、『財務』、『戦略』、『業務』という3つの要素で構成された、『統合再生計画』の下で実施されるのが一般的です。それを、IBMの事例で説明しましょう。IBMは、創業以来、順調に成長し、『世界のエクセレント・カンパニー』と、高い評価を受けていました。ところが、1990年代の初め、経営危機に直面しました。IT業界がメインフレーム中心から、ダウンサイジング、ネットワーク、ソフト・サービス化へとシフトしていくなかで、対応が遅れてしまったのです。そうした問題が、1991年のオイルショックを機に、一気に噴出してしまいました。

そこへ、『再建屋』としてCEOに就任したのが、ルイス・ガースナーです。(中略)彼は、最初の2年間、財務と業務のリストラクチャリングに専念しました。財務面では、生産拠点を50か所から9か所に減らし、資産を圧縮するとともに、調達コストを20%、情報化コストを47%削減しました。キャッシュの流出を防ぐ『止血』と、キャッシュを確保する『輸血』の両面からの緊急的な対策を行なったのです。業務面では、従来の機能別縦割り組織の弊害を取り除こうと、業務プロセスを一新。生産のリードタイムや受注処理から生産手配までの時間などを短縮化する改革を推進しました。これは、「TransformingIBM」と呼ばれています。

こうして、財務・業務の両面でリストラクチャリングを進める一方で、ガースナーは戦略面では、それまでのハード志向から、より収益性の高いソフト・サービス志向へと、大きく舵を切りました。ソフト・サービスを新たな成長の柱とすることを明確に打ち出したのです。リストラクチャリングの目的は、あくまでも、『新たな成長を目指しての企業再生』であり、『成長の道筋』としての経営戦略を明確にする必要があります。その際に重要なのが、『選択と集中』を徹底させ、コア事業に絞り込むこと。ガースナーは、“教科書通り”の改革を実行し、IBMをわずか数年で再度成長軌道へと乗せることに成功したのです」(202ページ)

20世紀初頭の米国では、ゼネラルエレクトリック、ゼネラルモーターズ、デュポンなどが、事業部制組織を導入するようになりました。その背景には、会社の事業規模が拡大していった結果、製品や地域によって、異なる課題を持つようになってきたことから、その課題を、それぞれの製品や地域ごとに事業部をつくり、各事業部に解決を委ねることのほうが、会社全体で課題解決に取り組むよりも効率的であったからという事情があったようです。このような会社組織の変遷について、米国の経営史を研究していたチャンドラーは、1962年に出版した著書、「Strategy and Structure」の中で、「組織は戦略に従う」と述べています。

これに対して、ロシア系アメリカ人の経営学者のアンゾフは、自身のロッキード社勤務時代の経験などから、組織の能力には限界があり、とることができる戦略は限定されるという考えに至ったようです。そして、これについて、1979年に出版した著書、「Strategic Management」の中で、「戦略は組織に従う」と述べています。1990年ころのIBMは、悪い意味で、「組織に従った戦略」が行われていたと、私は考えています。というのは、その当時の組織体制を維持するための戦略が行われていたのであって、そのことは、皮肉にも赤字を増やし、会社の継続を難しくしてしまうことになったのです。とはいえ、そのようなことは、IBMだけで起きるのではなく、その後の日産でも同じことが起きました。

正確な表現ではないですが、リストラクチャリングが必要な状態の会社はメタボな状態であるとすると、その会社をスマートにしなければならないということは、自らがわかっていても、自力では、なかなか、スマートになることは難しいようです。でも、メタボな状態が長く続けば、会社の生命が危うい状態になります。では、どうすればよいのかというと、私は明確な回答は持っていません。しかし、世の中には、ガースナーや、稲盛和夫さんのような優秀な「再建屋」がいるので、最終的には、再建屋に頼ればよいのだと思います。そこで問題になってくるのですが、どのタイミングで再建屋に再建を依頼すればよいのかということです。

これについては、早いに越したことはありません。さらには、自らスマートになることができれば、再建屋に再建を依頼しなくてすみます。だからこそ、再建を依頼する適切なタイミングを見極めたり、そもそも再建を依頼しなくてすむようにしたりするために、経営者は、経営環境の変化に注視する必要があるということです。経営者の方の多くは、足元の事業活動や、短期的な事業見通しに目を奪われる傾向にあります。でも、IBMのような会社でさえ、リストラクチャリングが必要になるということを考えれば、もっと、経営環境の変化や、それに対応した経営戦略の策定に注力しなければならないと、私は考えています。

2024/4/4 No.2668