[要旨]
鈴木さんが日本でコンビニエンスストア事業を始めるきっかけとなった、米国のセブンイレブンは、スーパーマーケットをライバルと捉えていた結果、価格競争に走り、経営が行き詰ってしまいました。一方、鈴木さんは、自社の真の競争相手は、変化する顧客のニーズであると考え、ライバルの動向にとらわれることなく顧客体験価値を高めることに注力してきたことから、同業他者よりも業績を高めることに成功したと考えることができます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、鈴木敏文さんのご著書、「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。日本のセブンイレブンは、米国のセブンイレブンを見た鈴木さんが、日本でその仕組みを導入して展開した事業なのですが、米国のセブンイレブンは、1990年に経営に行き詰まり、1991年に、日本のセブンイレブンなどが再建に乗り出しました。この出来事は、店名は同じでも、オリジナルの米国のセブンイレブンと、日本のセブンイレブンは、まったく違う店だったということを示すものですが、鈴木さんは、両社の違いについて述べておられます。
「セブン-イレブンを知ったのは、ヨーカ堂の海外研修で行ったカリフォルニアで、移動中に休憩のために、たまたま立ち寄ったことがきっかけでした。当時、日本では、スーパーが、新規出店するたびに、地元商店街から強い拒否反応を受けるようになっていました。帰国後、(セブン-イレブンについて)調べると、コンビニエンスストアと呼ばれ、運営するサウスランド社は、全米最大の、4,000店のチェーンを展開する、超優良企業でした。
これは、相当な仕掛けがあるに違いない、日本で活かすことができれば、大型店との共存共栄のモデルを示すことができるはずだと考え、社内外の猛反対を押し切り、サウスランド社との難交渉を経て、契約にこぎ着けます。ところが、契約後、開示された経営マニュアルは、店舗運営の初心者向け入門書のような内容ばかりで、どこを訳しても求めていた経営ノウハウはありませんでした。サウスランド社の経営マニュアルが役に立たない以上、自分たちですべてをゼロから始めるしかない、そう決意して、日本初の本格的なコンビニエンスストア・チェーンをつくり上げてきたのです。(中略)
一方、サウスランド社は、1980年代に、不動産事業や石油精製事業など、多角化に乗り出しますが、これが失敗し、経営が破綻し、我々に救済を求めて来ました。根本的な問題は、危機的状況を持ちこたえられないほど、本業が弱体化していたことにありました。最大の元凶はディスカウント政策でした。1980年代、米国ではスーパーが24時間営業を開始し、ディスカウント戦略を強化したため、コンビニもこれに追随し、その結果、熾烈な価格競争に巻き込まれ、収益がどんどん悪化する悪循環に陥ったのです。
我々は、(サウスランド社からの要請に応じて)買収による再建に乗り出しました。(中略)私は、現場の店舗を見て回って、『ここは倉庫か』と目を疑いました。店舗はどこも薄暗く汚れ、通路にビール、タバコ、清涼飲料のカートンが山積みされていて、ディスカウント販売されており、棚のパンはパサパサでした。(中略)(米国のセブン-イレブンと、日本のセブン-イレブンの違いは)お客様にとっての『あるべき姿』の違いでしょう。
サウスランド社は、スーパーを競争相手として、ディスカウント戦略を進め、激しい価格競争を展開しました。一方、我々は、『真の競争相手は、同業他社ではなく、絶えず変化するお客様のニーズである』と考え、常に変化に対応する。そのニーズも、すでに顕在化しているニーズではなく、お客様の心理を読んで、行動を予測し、どんな体験(コト)を望んでいるのかを予想して仮説を立て、潜在的なニーズを掘り起こすということを繰り返してきました」(85ページ)
日本でも、よく、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない、唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である」という言葉が、経営者の方たちの間で広く知られているように、事業活動では、環境変化への対応が重要ということは、言うまでもありません。しかし、事業活動の現場にいると、自社の状況を俯瞰することが難しくなり、目の前のライバルに目をとらわれがちになってしまいます。米国のセブンイレブンは、まさにそのような失敗をしてしまったのでしょう。
そして、もうひとつ重要なことは、鈴木さんは、顧客ニーズに最大の注意を払っていたことが、同業種のライバルと、売上高で差をつけることができたのだと思います。もし、鈴木さんが、同業他社を競争相手として目を向けていれば、売上高を増やすだけの競争になり、セブンイレブンは、顧客体験価値を創り出すための活動には、あまり注力することはなかったのではないでしょうか?このように、競争力を高めるためにどこに注目するかという点も、業績を高めるための重要な要素になっているということがわかります。
2022/11/7 No.2154