[要旨]
中小企業で経営戦略が明確にされないことが多い原因には、経営戦略を立案することは難易度が高く、また、事業が失敗したときに、それを立案した経営者の責任が明確になってしまうことを避けようとすることが考えられます。しかし、それでは経営者の責任を果たしているとは言えません。
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今回も、前回に引き続き、経営戦略について述べます。前回は、経営者の方は、実際に、経営戦略を練った経験を持つ方は少ないようだということを書きました。とはいえ、前回の内容は、やや、抽象的なので、今回は、少し具体的に書きたいと思います。楠木教授も、「ストーリーとしての競争戦略」の中で例として挙げていたのですが、スターバックスコーヒーは、顧客にコーヒーを販売するというよりも、サードプレイスを提供するという考え方で事業活動を行っているそうです。
これに対して、日本で生まれたドトールコーヒーは、おいしいコーヒーを安く提供しようという考え方をしています。そのためか、ドトールコーヒーは顧客回転率を高めようとしているのに対し、スターバックスコーヒーでは、あえて、注文を受けてからコーヒーを淹れるまで時間をかけており、忙しいビジネスパーソンから「嫌われる」ようにしているそうです。でも、それは、逆に、店でゆっくりくつろぎたいという顧客には支持される場所になることなので、顧客シェアは上昇していくことになります。
もし、こういった「戦略」がなければ、従業員は、それぞれ、思い思いのサービスを提供し、結果として、同業他社と特徴をつけることができなくなったでしょう。今回は、敢えて分かりやすい例を挙げたのですが、経営戦略を明確にすることが大切だということはご理解いただけると思います。そうでありながら、特に中小企業では、自社の経営戦略が明確になっている会社は少ないようです。もう少し厳しい書き方をすると、経営戦略が策定されていなかったり、「経営戦略もどき」はあっても、実際に役員や従業員に意識されていなかったりする程度のものしかないという会社は多いようです。
そして、すべての会社がこのようになっているわけではありませんが、経営者が部下に対し、「道筋」を明確にしていないにもかかわらず、目標だけを与え、「これを必達しろ」というプレッシャーをかけるだけしかしないのでしょう。目標を与えることは大切ですが、それだけでよいのであれば、経営者はどんな人にも務まることになります。だからこそ、スターバックスコーヒーの例では、あえて顧客回転率を下げるという、飲食業の定石と逆のことをしています。このような戦略を採用する場合は、事前にその決断することは、ちょっとした勇気が必要になるでしょう。
結果が分かっている私たちは、スターバックスコーヒーの戦略について、「そういうことか」と納得できますが、前もってそれを決断することは、普通の経営者にはなかなかできなかったでしょう。また、経営者が決断した経営戦略は、必ずしも成功するとは限りません。さらに、失敗してしまうと、その責任が経営者にあることが明らかになってしまいます。このような面が、特に中小企業では、経営戦略を明確にせず、単に、「目標を達成しろ」しか言わない経営者が多くなっている要因ではないかと、私は考えています。
でも、経営戦略なしに事業運営することは、組織的な活動ができず、競争力も低いままとなります。そして、厳しい言い方ですが、それは、経営戦略を立案する役割を担っている経営者が、その役割から逃げていることになると、私は考えています。繰り返しになりますが、経営戦略を立案することは難易度が高い役割ですが、だからこそ、選ばれた人だけが経営者に就けるのだと思います。