鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

自力で黒字化しプライドを取り戻す

[要旨]

相模屋食料の社長の鳥越さんは、再建を引き受けた会社に対しては、まず、既存の人員と設備で、いったん、黒字化し、その後、新たな設備投資を行うそうです。このことによって、一時的に赤字に陥るものの、それ以降は恒久的に黒字を計上できるようにするという方法です。一方、最初から設備投資を行ってしまうと、黒字化しても、それは設備投資によるものと、従業員の方たちが受け止めてしまうので、鳥越さんは、設備投資は、後から行うようにしているそうです。また、業績が振るわない会社の多くは、単に、適切なマネジメントが行われていないことから、最初は、従業員の方たちが感じていた、マネジメントに関する疑問を解消することで、業績は回復するということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、日経ビジネス編集部の山中浩之さんが、相模屋食料の社長の鳥越淳司さんに行った、インタビューの内容が書かれている本、「妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、相模屋食料のヒット商品である、「おだしがしみたきざみあげ」は、かつて、大手メーカーのカップうどんの揚げを製造していた会社の製品だそうですが、その会社は、相模屋食料が再建をすることになったとき、製品開発を受動的にしか行っていなかったため、新たなカップうどんメーカーを探さなければと考えていたものの、鳥越さんの提案によって、刻み揚げを製造することになり、それがヒット商品となったということを説明しました。

これに続いて、鳥越さんは、N字再建について述べておられます。N字再建とは、まず、既存の人員と設備で、いったん、黒字化し、その後、新たな設備投資を行うそうです。このことによって、一時的に赤字に陥るものの、それ以降は恒久的に黒字を計上できるようにするという方法です。このような再建方法に対して、初めから設備投資を行い、恒久的な黒字化を目指す方がよいと考えることもできますが、鳥越さんは、そのような方法をとると、事業が黒字化した要因は新たな設備投資によるものと、従業員の方が受け止めてしまうことから、まず、既存の設備で黒字化することで、自信をつけてもらうようにしていると考えているそうです。

では、最初の黒字化はどのように行うのかというと、仕事のやり方を変えてもらうことから行うそうです。「(鳥越さんが、再建をする会社の従業員の方に、仕事のやり方を変えてもらうことを説明するとき)ホワイトボードに、私がばーっと書いて、『俺はこういう考え方だから、ここがいけないんだと思うんだ。でも、みんな、本当はわかっていたでしょう?(中略)だったら、これからは、それをちゃんとやろうよ』ということを、ひたすらやっています。(中略)みんなが、半年前、1年前、もしくは10年前から、『こうやった方がいいのに、俺が社長だったこうするのに』と思っていたことっていっぱいあるでしょう。『こんなことはやめればいいのに』と、みんな思っていたことがあるでしょう、と。こう言うと、『ある、ある』と頷きが返ってきます。(中略)

例えば、『おとうふをつくる水をおいしくする軟水器がうちのこだわりです』とか、マネジメントの人が言うわけです。装置自体は別に悪いものじゃないんですけれども、問題はそれでできたおとうふが本当においしいのか。食べてみたら、あまりおいしくない、というか、まずい。こうした思い付きで入った機械のせいで、工程がやたらと複雑化したりする。(中略)おとうふをつくる工程は、本来は、とてもシンプルなんですが、その間にいろいろな作業を組み込んで、『工程がいっぱいあるのがうちのこだわり』と思っていたりするんです」(57ページ)

鳥越さんのご指摘は、端的に述べれば、業績の悪い会社は、適切なマネジメントが行われていないので、マネジメントを適切に行うようにすれば、業績が回復するということでしょう。しかし、ここで、経営者が懸命に業績を回復しようと努力しても、業績があがらないこともあるという反論をする方もいると思います。私は、これについては、論理的な説明はできないのですが、鳥越さんが、これまで多くの会社を再建させてきたという実績を鑑みると、100%正しいとは言えないものの、鳥越さんの考え方は、多くの事例にあてはまると考えることができるでしょう。

そして、これは、私が事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることなのですが、業績があまりよくない会社の経営者の方の多くは、表向きは事業改善に取り組んでいるポーズはとっていますが、果たして本心から業績を改善しようとしているのか疑わしいと感じられることもあります。例えば、鳥越さんが、軟水器を取り入れた会社の事例をあげておられましたが、結果として、軟水器は製品の品質向上に貢献していませんでした。経営者であれば、本当は、最終的な製品の品質(と、それに対する顧客の評価、すなわち売上の増加)に責任を負わなければならないはずです。しかし、単に、軟水器を取り入れたという部分的な改善だけを行い、それだけで自分の責任を果たしたことにしようとしたのではないかと思います。

本当なら、軟水器を取り入れた効果まで検証し、改善(=利益増加)が進んだかどうかを確認しなければならないはずですが、前述の会社は、それをしていなかったから、業績が低迷していたのでしょう。では、そのような経営者は、なぜ、見せかけだけの「改善活動」しかしないのかというと、その理由は、もし、本気で改善活動に取り組んでも、その結果、業績が改善しなかったとき、自分の経営者としての能力が、十分ではないことが、明らかになってしまう可能性があるからではないかと思います。そこで、小手先だけの改善活動だけを行い、自分の能力が明らかになるようなことを実行することは、ずっと躊躇したままになってしまうのではないでしょうか。

もちろん、そのような経営者も、本当は、抜本的な改善活動を行わなければならないということは、顕在意識では理解していると思いますが、潜在意識のところでは、それを決断できないでいるのだと思います。これは、理屈ではなく、感情的な問題なので、最終的には、経営者の決断でしかないと思います。とはいえ、私も、経営者の方が抜本的な改善活動を実践するときには、大きな決断力が必要ということは理解できます。それだけ、経営者の役割を全うすることは難しいことであり、経営者を続けている人は、とても尊敬されることであると考えています。

2023/12/1 No.2543