[要旨]
自社の事業改善のための活動は、経営者としては、当然、前向きなものと考えますが、それが客観的に奏功していることが分かる状態になっていなければ、銀行などは不信感を強めることになります。したがって、自社の改善活動について、客観的なデータを収集できる体制を整え、適宜、銀行へ報告を行うことが重要です。また、経営者は改善につながっていると考えているにもかかわらず、実際には改善に貢献していないということもありますので、注意が必要です。
[本文]
今回も、前回に引き続き、荻野屋社長の高見澤志和さんのご著書、「諦めない経営『峠の釜めし』荻野屋の135年」を読んで私が気づいたことについてご紹介したいと思います。前回は、高見澤さんは、自社が受けていた銀行からの融資は、延滞せずに、徐々に返済が進んでいたので、問題ないと考えていたものの、銀行から見ると、借り換えを繰り返すことで、同社の少ないキャッシュフローで返済可能な範囲で返済を続けていると見られていたことから、両者の見解に乖離が起きないよう、銀行とのコミュニケーションを緊密にすることが重要ということを説明しました。
その後、荻野屋さんは、銀行からの支援を継続してもらうために、会社のデューデリジェンスと経営改善計画の作成を行うことになるのですが、それまでの自社の改善活動について後悔をしたということを述べておられます。「父の逝去後、荻野屋の財務体質の改善と経営改革の一環として、私は、借りたお金とグループ子会社を通じて不動産投資をしたり、荻野屋本体からグループ会社に業務委託という形で新規事業に取り組んだりしていた。自分の会社とはいえ、よかれと思って行動していたことが、実は、事態を悪化させていたのだ。私は、ひどく後悔した。金融機関はかねてより、私が金融機関に対して相談なしに行動していたことや、グループ間取引の複雑さに心証を悪くしていたのだろう。
そのため、私が東日本大震災後に正式に代表取締役社長となり、荻野屋グループの全責任を名実ともに負うことになった機会を捉えて、経営改善を求めてきたのだと思う。私は、これまで取り組んできた経営改革を理解してもらえないままに、資金援助が止められて、荻野屋が倒産することを心配した。改善計画づくりのために、金融機関が求めてきた条件は、(1)金融機関指定のコンサルタント会社と契約を締結し、デューデリジェンスを実施する、(2)荻野屋のグループ間取引の実態を把握し、改善計画の策定の指導を受ける、というものだった。断れば、資金援助が打ち切られるかもしれないという状況下で、拒否できるような状況ではなかった」(162ページ)
私は荻野屋さんの会計情報は持っていませんが、「グループ間取引が複雑」という会社は、少なからず見て来ました。もちろん、グループ間取引が発生する要因は、会社の業況を改善しようとしていることによるということは理解できます。しかし、これはオーナー会社にありがちな傾向だと思うのですが、アカウンタビリティ(説明責任)は、あまり、意識されていないため、「グループ間取引が複雑」ということになってしまうのだと思います。もし、自分の行っている改善活動の結果を、銀行や株主に対して説明しようとすると、グループ間取引の複雑な状態は改善せざるを得なくなるでしょう。
でも、アカウンタビリティを意識しないでいると、「改善活動については自分(経営者)だけが分かっていればよい」と考え、グループ間取引を複雑なままにしてしまうのだと思います。そして、これもありがちなのですが、経営者が効果があると考えていた改善活動も、後から精査してみると、実は、黒字ではなく赤字だった、または、経営者が考えているほど業績に貢献していなかったということも少なくありません。
これも、想像で申し上げるので、高見澤さんには失礼なのですが、荻野屋さんの改善活動についても、効果がなかったとまでは言えないまでも、結果として、リスケジュールをせざるを得なかったわけですから、もっと早い段階で透明性を高めていれば、改善を速めることができたのではないかと思いますし、それについては高見澤さん自身も後悔しているところです。では、不透明な会社が少なからず存在する要因ですが、それは、経営者が会計が不得手であり、数字での説明に消極的だからだと思います。
この「数字」に基づく経営は、しばしば、否定的な意見もきかれることがありますが、業績のよい会社であれば、事業活動は経営者の感覚で意思決定をしてもよいと思います。でも、業績があまりよくない会社では、数字は重視しなければなりません。そして、経営者が数字にこだわっていれば、自ずとグループ間取引の複雑さは適切な経営判断を行うための障害になると感じるでしょう。これは逆を言えば、グループ間取引が複雑になっている状態を放置しているのは、経営者の方が、あまり、数字にはこだわっていないということの現れだと思います。そして、繰り返しにあんりますが、そのことは、事業の改善の妨げになるのです。
2023/4/16 No.2314