鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

KPIの設定の失敗事例

[要旨]

KPIによる事業の管理は、目的と手段を取り違えないようにすることが大切です。また、最初から、適切なKPIを設定することも難しいことですので、仮説と検証を繰り返しながら、より適切なKPIを探究していくことも大切です。


[本文]

今回も、早稲田大学ビジネススクールの西山茂教授のご著書、「『専門家』以外の人のための決算書&ファイナンスの教科書」から、私が気づいた点について述べたいと思います。前回は、KPIは、目標に関係する重要なプロセスの状況を表すような指標であり、それらは事業の内容によって、適切に選定する必要があるということについて書きました。今回は、そのKPIを適切に設定することの大切さをご理解いただくために、同書で紹介されていた失敗事例を、ここでも引用したいと思います。

「(西山教授は)以前、顧客満足度を高めるためのKPIとして、『顧客からかかってきた電話に出るまでの時間』を採用した会社の話を聞いたことがある。その会社では、受注や質問などの顧客対応を基本的に電話で行っており、顧客からの電話をできるだけ早く受けることが、顧客満足度を高めると考えたのだ。その結果、ある事業部が、平均で1秒を下回るような、非常に短い抜群の数値を達成し、高い評価を受けることになった。

ただ、その素晴らしい成果を、他の部門とも共有するために、(その事業部が)実行したことを確認したところ、電話を受ける時間の短さで評価されることになったので、それを短くするために、アルバイトの方の雇用を増やし、管理担当者も、通常業務よりも電話対応を優先していたことがわかってきた。その結果、その部門では、電話に出る時間は短くなったものの、コストアップや、一部の業務処理の遅れが発生し、結果として売上高や利益といった業績は低下することになってしまったとのことであった」

私は、この事例で設定されたKPIは、必ずしも誤っているとは限らないと考えています。顧客から見れば、すぐに電話に出てもらえる方が、自社の評価は高くなることは間違いないからです。しかし、そのKPIの設定で失敗してしまった理由は、その事業部が、KPIを正しく理解せず、目的と手段を取り違えたからです。

電話に出るまでの時間を短くする理由は、顧客満足度を高め、自社の利益を得ることであるのに、電話に出るまでの時間を短くすることを目的にして、他のことを犠牲にしてしまえば、利益をえるという本当の目的を達成できなくなります。これは、KPIの設定に限らないことですが、手段と目的の取り違いが起きないよう、予め、KPIの目的を、会社内に周知しておくことは欠かせません。

もうひとつ、注意しなければならないことは、最初から正しくKPIを設定することは難しいということです。KPIの活用の目的は、事業のプロセスの可視化によって、事業を効率的にすることですが、そのKPIの設定は、何度か仮説と検証を繰り返すことは避けられません。むしろ、私は、どのようなKPIの設定が効果的かを見極めることができるかどうかは、経営者の能力にかかっていると考えています。最初から、適切なKPIが分かるというのは、ほぼ、ありえないでしょう。

したがって、KPIの設定が、最初からうまくいかなかったからといって、それを理由として、KPIというツールを批判することは、適切ではないと考えています。よく、事業を改善することは、PDCAの繰り返しと言われますが、KPIの活用も同様です。適切なKPIの設定の探究こそ、事業の競争力を高める活動と考えるべきだと、私は考えています。

2022/5/17 No.1980