鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

動物の種類ではなく見せ方で差別化する

[要旨]

北海道旭川市にある旭山動物園は、1983年の来園者数は60万人だったものの、1996年には26万人に落ち込み、閉園の危機に直面しました。そこで、その状況を打開するために、現場主導で工夫を行い、「スター動物」に依存するという手法から、「行動展示」という手法に切り替え、動物の種類ではなく見せ方による差別化を行うようにしたことで、2006年には来園者数が200万人になるほどの人気の高い動物園になりました。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、1962年に創業した、日本で最初の警備会社のセコムは、ホームセキュリティ、高級老人ホーム、介護ロボット開発、損害保険事業などに事業を多角化していった結果、これらの周辺事業によって本業が強化されたということについて説明しました。これに続いて、遠藤さんは、北海道旭川市にある旭山動物園が活性化したときの経営戦略について述べておられます。

「『奇跡の再生』と言われたことでも分かるように、旭山動物園は1983年に60万人を記録して以降、来園者数は徐々に減少して行きました。さらに、1994年には、人気者だったローランドゴリラのゴンタや、ワオキツネザルのメイがエキノコックス症という感染症で死亡してしまい、閉園を余儀なくされる大ピンチに陥りました。その後も風評被害の影響が長引き、1996年には入園者数が開園以来最低の26万忍にまで落ち込んでしまったのです。廃園の噂まで囁かれる中、園長と飼育係員のみなさんは、『動物たちの魅力をうまく伝えられないまま、この動物園を潰してなるものか』と、現場主導の工夫を始めていったのです。

このとき、彼ら現場の活力の源になったのが、旭山動物園が“冬の時代”の真っ只中にあった1989年に描いた、『14枚のスケッチ』です。飼育係員たちが、来る日も来る日も時間を忘れて熱く語り合った『理想の動物園像』を、イラストという目に見える形に落とし込んだものです。それまでの動物園の多くは、パンダやコアラなどの『スター動物』頼みで運営されていました。けれども、旭山動物園にはそんな動物を買うお金も、高い餌代を賄うお金もありません。しかし、彼らには『こういう動物園がつくりたい』という、彼ら独自の思いがありました。

『いつか、こんな動物園をつくりたい』という彼らの夢は、動物園の常識だった『形態展示』の枠を突き破りました。『自分たちが日々触れ合っている動物たちの行動している姿、命の輝く営みを見て欲しい』という現場の思いが、『行動展示』という新しい価値を生み出したのです。経営戦略という視点から旭山動物園を捉えると、それまでの『動物の種類』で差別化するという一般的な考え方から、『動物の見せ方』で差別化するという独自の戦略を生み出したことに大きな意義があります。まさに、現場起点の戦略がユニークな動物園への変身をもたらしたのです。

現場起点のスケッチが、市長や行政を動かし、念願の予算を獲得した旭山動物園は、1997年にウサギやアヒル、モルモット、ヤギ、ポニーなどに、直接、触れられる広場、『こども牧場』をオープンしたのを皮切りに、次々と『スケッチ』を現実のものにしていきました。それ以降、トラ・ライオン・ヒョウたちが自然に近い生息環境の中で暮らす、『もうじゅう館』、泳ぎ回るペンギンを水中トンネルから観察できる『ぺんぎん館』、好奇心旺盛なアザラシが円柱水槽を行き交う姿を眺められる『あざらし館』……どの施設でも、動物たちが野生を取り戻したように生き生きと行動する様が見られ、大好評を博しています。

こうして旭山動物園は、例え『スター動物』がいなくても、一見どこの動物園にでもいるありふれた動物ばかりでも、『見せ方』を工夫すれば、動物園は十分に魅力的な施設になりうることを、証明してみせました。現場の飼育係員が『動物本来の魅力を引き出す』ためのアイデアを生み出すという現場起点の経営戦略を柱に据えた旭山動物園は、全国区の人気動物園に生まれ変わりました。2006年には、来園者数が年間300万人と、上野動物園と肩を並べるまでになったのです」(172ページ)

旭山動物園が、「動物の見せ方で差別化する」という戦略で復活したことはすばらしいことなのですが、これは、コロンブスのたまご的なものだと、私は考えています。というのも、成功した会社については、学者やコンサルタントによって、その成功要因の分析が行われますが、それは、その会社の事業が成功したことが分かってから行われます。すなわち、成功要因の分析は、後追いでしか行われないのです。そういった分析がまったく無意味であるということではありませんが、成功するかどうかは、前もって判断することは難しいということも現実であり、成功要因の分析も、成功した会社に対してのみ行われることになるのでしょう。

今回、引用した旭山動物園以外の成功例では、私は、建設機械を製造しているコマツを思い浮かべます。同社が顧客から高い評価を得ている要因になっている、車両遠隔管理システムのコムトラックスも、もともとは、製品の価値を高めようとするために開発されたものではありませんでした。当初は、中国で頻発する盗難を防止するために開発したものだったのですが、それを運用するうちに、多様な使い道があることがわかってきて、現在のように、需要予測などに活用したり、顧客への稼働データの還元をするサービスなどに利用されたりするようになりました。

したがって、これらの事例からも分かるように、経営戦略を実践するにあたっては、まず、正解の経営戦略があり、それを探して実践するという手順ではなく、完成度が60点程度の経営戦略を立て、それを実践しながら100点になるよう磨き上げていくという手順をとらなければならないと、私は考えています。繰り返しになりますが、正解の経営戦略は事前に探し出すことはほぼ不可能であり、それを実践し、検証するという活動を通してしか、正解の経営戦略を探し出すことはできないのです。私がこのようなことを強調するのは、経営者の方の多くは、正解の経営戦略を実践することを望んでいるからです。

それは当然のことで、もし、実践する前に100点の経営戦略を探し出すことができれば、単に、それを実践するだけで事業も成功させることができます。しかし、それができるのであれば、失敗する経営者は存在しないことになります。ですから、事業を成功させる活動とは、事前に100点の経営戦略を探すことではなく、未完成の経営戦略を実践しながら、それを完成度の高いものにしていくしかないのです。そして、その際には、コロンブスのたまをを探し当てる熱意と嗅覚を持っていることが望ましいことは言うまでもありません。

2024/4/2 No.2666