鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

相乗効果で周辺事業が本業を強化する

[要旨]

日本で最初の警備会社のセコムは、ホームセキュリティ、高級老人ホーム、介護ロボット開発、損害保険事業などに事業を多角化していきました。これらの周辺事業によって本業が強化されたと言えますが、同時に、事業領域が拡大し、経営環境の変化にも適応しているということも言えます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、IBMを再建したルイス・ガースナーは、会社の成長を考える上での基本は「安定成長」の追求であり、これを言い換えれば、「緩やかに、かつ、継続的に成長することによって、成長のプロセスで生じる歪みを最小限に抑える」ということと述べており、このような経営を「プラトー型モデル」と呼び、「高原」のようななだらかな曲線を描く成長こそが理想であるということについて説明しました。

これに続いて、遠藤さんは、警備会社のセコムの多角化について述べておられます。「セコムは、1962年、日本で初めて安全を売る会社として誕生しました。当時の社名は、日本警備保障株式会社。日本では、まだ、『水と安全はタダ』と考えられていた時代。『安全なんか商売になるものか』と揶揄する声しか聞こえない中での船出でした。地道な努力が実を結んだのは、東京オリンピックのときです。競技施設や選手村の警備を委託されたことで、一気に知名度が上がりました。(中略)

ただ、契約件数が増えれば、社員をどんどん増やさなければならなくなります。人件費が膨れ上がることもさることながら、サービスの質が落ちるリスクも高まります。そこで打った次の手が、機械警備への取り組みです。まだ情報通信の黎明期である1966年に、倍々ゲームで伸びていた人による巡回警備を順次廃止し、警報装置を事業所に取り付け、各地区のコントロールセンターで遠隔監視サービスを提供する機械警備に切り換えて行くという大きな決断でした。

これを武器にセコムは、早い段階から海外にも展開し、さらに1981年からは、庭向け警備サービス、『ホームセキュリティ』に乗り出しています。セコムが『多角化戦略』を本格稼働させたのは、社名をセコムとした1983年前後からです。年号が平成になった1989年には、『社会システム宣言』を行い、セキュリティ分野で培ってきたネットワーキングシステムが、これからの新しい文明社会の構築に役立てる態勢が整ったことを発表しました。この時点で、自らのドメインを『人々が安全・安心に生活できる社会の基盤をつくり出す事業領域』と位置付けたのです。

その多角化戦略のひとつに、医療関連事業があります。セコムにとっては“畑違い”の事業ですが、家庭のリスクを考えたとき、健康を害したり、老化によって日常生活に支障が出たりすることも、人々が抱える大きなリスクです。高級老人ホームの経営も同様です。老後を豊かに、安心して暮らせるサービスを提供することは、セコムにとって必然なのです。このほか、刑務所の運営や介護ロボットの開発、損害を被ってしまった事後のケアを手厚くする損害保険事業など、自らのドメインの中で、多様な事業に挑戦しています。

戦略面で重要なことは、こうした新規事業が警備という本業と密接に連動し、大きなシナジーを生み出している点です。例えば、ホームセキュリティの顧客向けに家事支援や訪問介護、在宅医療のサービスを提供する。自動車保険では、事故発生時にBE(ビートエンジニア)と呼ばれる警備員が駆け付けるサービスを提供するなど、常に本業とのシナジーを見据えているのです。闇雲に新規事業を広げるのではなく、『周辺事業が本業を強化する』という考え方に沿って、多角化を進めています」(146ページ)

セコムは、既存事業の周辺事業に多角化していったわけですが、それは、遠藤さんがご指摘しておられるように、既存事業と新事業の相乗効果を得られるという利点があります。そして、このような多角化の手法は、事業拡大の定石と言えるでしょう。一方で、私は、最近の事業の多角化は、別の視点からアプローチする必要があると考えるようになりました。セコムは事業の多角化を本格化させると同時に、自社の事業領域を、「人々が安全・安心に生活できる社会の基盤をつくり出す事業領域」と定めました。これは、事業を多角化をしたのだから、事業領域も広がることは当然と感じられるかもしれません。

でも、前述のように、既存事業の周辺事業に多角化するとすることは、できるだけリスクを低くしようという考え方によるものです。すなわち、事業多角化はリスクを高めることであり、不必要な多角化はなるべく避けなければならないという考え方に立てば、事業領域の変更も行わない方がよいということになります。ところが、経営環境の変化が激しい時代は、事業領域を変更しないことの方がリスクが高いと考えることができます。

すなわち、事業の多角化は、リスクを勘案しながら行うものではなくて、リスクを減らすために行うものになってきていると、私は考えています。したがって、事業領域の変更は、多角化によって行われるというよりも、経営環境への対応によって行うものであると考えるべきでしょう。遠藤さんは、「(シナジー効果により)周辺事業が本業を強化する」と述べておられ、それも事実であると思いますが、それは同時に、事業領域の拡大によって経営環境への適用力を高めていることでもあると考えています。

2024/4/1 No.2665