[要旨]
多くの経営者が重要と感じている人材投資は、因果関係が複雑で、管理可能性、予見性が低く、目標管理とはなじみません。しかし、それを理由に人材投資を避けることは、より難易度の高い経営戦略の実践の妨げとなりますので、効果測定が困難であっても、積極的な人材投資を行うことが望まれます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、慶應義塾大学大学院特任教授の高橋俊介のご著書、「人材マネジメント論-儲かる仕組みの崩壊で変わる人材マネジメント」を読み、私が気づいた部分について述べたいと思います。高橋教授は、人材育成に関する投資については、アウトプット管理は困難であると述べておられます。「キャリア開発や人材育成というのは、目標管理となじむだろうか。結論から言えば、実は、この2つは、因果関係が複雑で、管理可能性、予見性が低く、目標管理とは極めて相性が悪いのである。なぜなら、人の成長というのは、偶然の要素による部分が、あまりにも多すぎるからだ。
だから、3年後、5年後にこうなっていたい、こういう能力を身につけたいと計画しても、なかなかその通りにはいかないし、逆に、5年間で長足の進歩を遂げた新人を育てたのは誰かと、会社の中で尋ねれば、おそらく30人くらいから、手が挙がるのではないだろうか?ところが、当の本人に尋ねてみれば、自分の力で育ったと答えるであろう。この事例が物語るように、キャリア開発や人材育成を、目標逆算で因果関係を単純化し、目的に従って管理しながらマネジメントするのは、多くの場合、困難である。(中略)
ここから何が導き出されることは、トップマネジメントが教育研修に1億円を投資すると意思決定しようとしたとき、何か月後、何年後に、それぞれが、どれくらいの利益を生むかを証明しろと、人事に求めてはいけないということである。教育研修はインプット管理しかできず、アウトプット管理にはなじまないのである。事実、欧米でも、人材教育に熱心で、積極的に教育投資を行っている会社ほど、トップマネジメントは、教育投資の具体的ROI(Return On Investment、投資利益率)の計算は、投資の意思決定の際には求めない」(92ページ)
経営者は、人材投資が大切と理解しつつも、人材投資を行った後、果たしてそれを上回る利益が得られるかどうかがいぶかしいために、人材投資をためらうということは多いと思います。私は、人材投資の効果はまったく測ることができないとは思いませんが、やはり、高橋教授がご指摘されておられる通り、明確な測定は困難だと思います。そこで、経営者の方は、測定の困難さを理由として、人材投資を避けることは適切ではないと言えると思います。
さらに、その一方で、前回まで説明してきた通り、人材投資をしなければ、難易度の高い経営を実践することはできません。この点については、経営者の方の立場とすれば、不確定要素が大きいと感じるとしても、人材投資に消極的であってはならないということが言えると思います。それだけ、現在は、経営者の方には精緻な管理能力が求めらえるようになってきているということだと思います。
2022/10/7 No.2123