鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

金融検査マニュアル廃止の英断

[要旨]

かつて存在した金融検査マニュアルは、いわゆる短コロ融資を不良債権とみなしたり、実態として不良債権のチェックリストになっていたりするなどの弊害がありました。これらに対し、金融庁元長官の森さんは、自らの問題点を認め、金融検査マニュアルを廃止しました。金融庁の施策については、依然、改善が求められるものの、このような姿勢は、同庁の問題点の減少に期待できます。


[本文]

共同通信記者の橋本卓典さんのご著書、「捨てられる銀行」を拝読しました。同書は、事業改善に取り組んでいる地方銀行の好事例も紹介されていましたが、主に、森信親元金融庁長官が、長官当時に、金融行政を大胆に改革した内容について書かれています。私は、森さんは、不正融資を行っていたスルガ銀行に対し、それが発覚する前に、他の地方銀行がお手本にすべき銀行と評価していたことから、結果論とはいえ、あまり評価できない官僚だと思っていました。

実は、橋本さんの本を読んで、ある意味、森さんにはそのような面があったということがわかりました。というのは、そのひとつは、「短コロ」の解釈を変更が行われたことです。短コロとは、短期転がし融資の略称で、短期融資の期限が到来したとき、融資を受けている会社は、金利だけを支払う一方で、融資元本は返済せず、その元本は新たな契約の融資元本として、次の期限まで融資期間を延長するという、日本独特の融資慣行を指します。

これについて、金融庁検査マニュアルができた当初は、金融庁は「疑似資本」と解釈する、すなわち不良債権と見なしました。そこで、多くの地域金融機関は、この短コロ融資を取りやめることになり、その代わり長期融資をするようになりました。さらに、このことは、銀行が、従来より担保を融資相手の会社に求めるようにもなりました。しかし、森さんは、このような状況は、金融検査マニュアルの弊害であるということを理解し、マニュアルの廃止を金融庁で提案したそうです。

ちなみに、短コロは、2015年に金融検査マニュアルが変更され、融資相手の会社が黒字であり、かつ、「正常運転資金」の範囲以内であれば、正常な融資であると解釈されることになりました。もちろん、金融検査マニュアルの弊害は、短コロだけではありません。本来は、地域金融機関が地域経済を支えるための活動をしているかどうかを検査することなのですが、実態として、銀行の融資が不良債権になっていないかどうかのチェックリストになっているという面も問題といえます。

その結果、2019年に金融検査マニュアルは廃止されました。私は、前述のとおり、金融庁の官僚は、銀行業務の現場をよく理解していないと考えていましたが、そうであっても、森さんを初めとして、金融庁は、自らの施策を改善するための努力をしていたということが分かりました。私は、現在も、金融行政に改善の余地があると考えていますが、橋本さんの本を読んで、今後の改善に期待ができると感じました。

2022/6/29 No.2023