[要旨]
文具の通信販売をしているアスクルは、当初は、親会社のプラスの通信販売を担う事業として開始されましたが、標的顧客である中小企業と接触していくうちに、購買代理人の役割を期待されるようになり、販売代理人としての役割を180度転換しました。その後、同社は企業理念を「お客様のために進化する」とし、プラットフォームを提供する会社に進化しました。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、ケンタッキー・フライド・チキンは、日本で事業展開した当初は、米国にならってロードサイドに出店しましたが、当時、日本では、自動車で食事に行くという習慣が浸透していなかったことから、売上が伸びなかったため、経営戦略を修正し、駅前に出店するようにしたところ、売上が増加したということを説明しました。
これに続いて、遠藤さんは、アスクルの進化について述べておられます。「アスクルは、1993年に、オフィス文具メーカーであるプラスの通信販売を担う一事業部としてスタートしました。当初の狙いは、業界のガリバー企業であるコクヨに比べ、販売力で劣るプラスの製品を拡販することでした。アスクルは、当面のターゲット顧客を30人以下の中小事業所に絞り込み、『たとえ少量でも明日届けるサービスを提供する』という経営戦略を打ち出しました。(中略)
なぜ、中小事業所をターゲットにしたかと言うと、そのセグメントは、既存の文具チャネルが積極的な販売活動を行っていない“真空地帯”だったからです。コクヨの牙城である従来の文具チャネルは、大規模事業所に対しては、きめ細かなサービスを行なっていましたが、営業効率の悪い中小事業者は、手間のかかる『美味しくない』セグメントだったのです。逆に言えば、中小事業者は、そうした従来のサービスに大きな不満を抱えていました。(中略)アスクルの評判は徐々に高まり、売上も伸びていきました。しかし、ここでアスクルは大きな戦略転換をすることを決断しました。
それは親会社であるプラスの製品を売ることを中心に考えるのではなく、あくまでもお客様の側に立ったビジネスを展開するということです。自らの存在を、プラスの『販売代理人』ではなく、お客様の立場に立って購買を代行する『購買代理人』とする。それは、『脱プラス』、『脱親会社』を意味しています。プラスの商品の拡販のために生まれた会社にとっては、180度の戦略転換であり、容易な決断ではありません。しかし、この決断なくして、その後のアスクルの発展はありませんでした。
このとき以来、アスクルは企業理念を『お客様のために進化する』としています。アスクルは、プラス以外の商品の取り扱いを大幅に拡大し、同時にメーカーと連携して、顧客の要望を反映した独自の商品開発を手がけるなど、急成長を遂げました。(中略)2004年には医療業界向けの通販、2005年には飲食業界向けの通販を開始。いずれも『お客様のために進化する』という理念に沿って打ち出した、新たな戦略です。さらに現在は、オフィス用品以外の間接材を取り扱うことを、次のビジネスの中核と位置づけています。
間接材とは、生産に直接関係する原材料・資材・部品などには含まれない調達品全般を指します。事務用品を始め作業用品や研究器具など、アイテム数は優に100万をこえます。間接材は、ひとつの企業でも、本社や事業所、店舗、工場などがばらばらに発注している場合が多く、大幅にコスト削減が可能な分野です。アスクルは、そこに次の『戦う土俵』を見出したのです。(中略)アスクルは『購買代理人』から、大企業を中心とした『共同プラットフォーム』へと進化しようとしているのです。(130ページ)
アスクルは、当初は、中小企業向けの文具を販売する事業であったところが、事業展開をしていくうちに、自社の事業が評価されている点は、「購買代理人」であるということに気づき、経営戦略を180度転換させました。同社が、医療業界や飲食業界を対象に事業を拡大したのは、病院やレストランなどが頻繁に購入している商品を、他の病院やレストランなどに提案することで評価を得られるようになったからのようです。
これは、すなわち、購買代理人としての役割であり、それがさらに発展して、「メーカーと連携して、顧客の要望を反映した独自の商品開発」をすることにつながっていったのだと思います。ちなみに、Amazonも、インターネットの黎明期の1995年に、書籍の通信販売事業から始まったことは有名です。それは、発売後も価値が下がりにくい書籍は通信販売に適しており、また、自らは在庫を抱えなくてすみ、商品の配送も運送会社に委託できるので、インターネットを活用する事業に向いていたということも、多くの方がご存知の通りです。
しかし、同社は、その後、自社がプラットフォームを提供する会社であることを顧客が評価しているということが分かり、当初の投資を絞り込むという方針を180度転換し、今では、物流に多くの投資をしています。そして、その物流投資こそが、同社の最大の強みになっています。前回の記事では、経営戦略は、最初は60点でよいということを書きましたが、アスクルのように、経営戦略を180度転換することも、その理由です。では、最初から、180度違った経営戦略を立てればよいということになるのですが、それはコロンブスのたまごのような面もあると思います。
アスクルは、購買代理人として事業を発展させていますが、それは、販売代理人として事業を始めなければ、購買代理人になることの価値を発見できなかったのではないでしょうか?すなわち、経営戦略は、机上で考えるだけでは完成せず、実践と検証で磨いていかなければならないものです。これは、言い換えれば、最初から100点の経営戦略を立てることはできないということです。このことは、理解する経営者の方は少なくないと思いますが、その一方で、実践と検証をせずに、100点の経営戦略を求めようとする経営者の方も少なくないと、私は感じています。
2024/3/30 No.2663