鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

製造業は『工業』だけでは生き残れない

[要旨]

東京都羽村市にある、変圧器メーカーのNISSYOでは、基幹事業である変圧器製造に加え、ソフトウェア開発と人材派遣に多角化しました。これは、同社の人材育成能力が高いために実現できることであり、これからの製造業の成功の鍵は、「ものづくり」よりも「ひとづくり」に比重が移りつつあると言えます。


[本文]

東京都羽村市にある、変圧器を製造している、株式会社NISSYOの社長、久保寛一さんのご著書、「ありえない! 町工場-20年で売上10倍! 見学希望者殺到!」を拝読しました。久保さんは、大学をご卒業後、大手電機メーカーに10年間ご勤務された後、1989年に父親が創業した同社に入社されます。そして、入社5年後の1994年に社長を引き継いだのですが、そのとき、同社は繰越欠損があったため、久保さんが株式の90%も承継したものの、贈与税は払わなくて済んだということです。

その後、数年間は業績が上がらなかったものの、一念発起して、経営コンサルタントの指導を受けてからは、業績を回復させていったそうです。業績の回復のポイントのひとつは、従来の下請け的な受注を脱し、直接、電機メーカーと取引をするようにしたことのようです。もうひとつは、製造業以外の事業で多角化を行なったことのようです。

「現在、日本の製造業は、2つの大きな環境変化に直面しています。『人材不足の深刻化』、『デジタル技術の進展』です。(中略)こうした製造業の現状を踏まえ、NISSYOでは、基幹事業(トランス事業、電源装置事業)の拡大とともに、付加価値の高い『2つの派生事業』を展開しています。ひとつは、『ソフトウェア事業』、もうひとつは『人材派遣事業』です。『幹(製造事業)を太くする』と同時に、『枝葉も伸ばす』考え方です。

ソフトウェア事業……NISSYOでは、社内にDX(デジタルトランスフォーメーション)委員会を設置して、生産管理システムのデジタル化を進めています。当社が独自開発したプログラムやソフトウェアは、汎用性が高いため、多くの製造業に提供することが可能です。人材派遣事業……特に、『一般機械』や、『電気機械』の業種では、『設計・デザイン人材』が不足しています。そこで当社では、製造業のノウハウを持ったエンジニアの派遣を行なっています。実はこれも、通常の町工場ではありえないことです。派遣するのはエース社員です。

どうでもいい社員を出しても、お客様からは喜ばれません。多くの町工場では、人材不足でエースを他社に出すことなど考えられないでしょう。ですが、当社は12年間、景気が良くても悪くても、新卒採用を続けていたので、社内に金の卵がいるのです。これからの製造業は、『工業』だけでは生き残ることは不可能です。NISSYOでは、ソフトウェアの提供やエンジニアの派遣サービスにも力を入れたマルチ化を推進し、時代の変化に対応しています」

私は、久保さんの、「これからの製造業は『工業』だけでは生き残ることは不可能」という考え方は、正鵠を射ていると思います。NISSYOは、ソフトウェア開発と人材派遣で事業の多角化を行ないましたが、これは、優秀な人材を育成できるノウハウがあるから実現できることです。そして、これは、元は、自社の事業の競争力を高めるために行ったことですが、さらに、それを、製品の販売だけでなく、ソフトウェア開発や人材派遣によって収益機会を広げたと言えます。したがって、これからの製造業は「ものづくり」ではなく、「ひとづくり」、すなわち人材育成が優劣を決めると言えるでしょう。これまでは、「ひとづくり」は、サービス業に重要な活動であると考えられてきましたが、これからは、サービス業に限らず、あらゆる事業に共通する課題になっています。

2024/2/13 No.2617