鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『狩猟経済』から『農耕経済』へ

[要旨]

阪神佐藤興産の社長の佐藤さんは、従来の建設会社は、大口の受注を得るために、労力をかけて営業活動をしてきた、すなわち、狩猟経済の活動をしてきましたが、これからは、金額の大小にかかわらず、顧客から繰返し注文を受けるようにする、すなわち、農耕経済の活動をすべきと考えているそうです。このような、顧客への接し方の転換をしたところ、受注が安定するようになったそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、阪神佐藤興産の社長の、佐藤祐一郎さんのご著書、「小さくても勝てる!~行列のできる会社・人のつくり方」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、阪神佐藤興産では、赤字の工事を受注しないことにしているため、赤字になることはないそうですが、そのために、すべての従業員が原価計算ができるようにしているということを説明しました。これに続いて、佐藤さんは、建設業は、狩猟経済ではなく、農耕経済にならなければならないということを述べておられます。

「建設・改修工事会社、リフォーム会社も含めて、建設業界は何を実現したかが、目に見えてわかるという意味で、派手な仕事です。お金の面でも、1つの商談で、千万、億円単位のお金が動くという意味で派手です。この大きな商談を決めたときの派手さは、原始時代の狩猟経済において、狩りに行って大きな獲物をとったようなものです。洞穴で待っている家族は喜び、たらふく食べて、しばらくは暮らしていける。しかし、仕掛けがはずれて、大きな獲物がとれないことが続くと、たちまち家族は飢えに苦しむ。だから、どんどん仕掛けをつくって、大きな獲物が獲れるようにする。

『建設業って、そういうものですよね?』というと、うなずく方もいらっしゃると思います。私は、長い間、そう思っていました。しかし、本当は違う。建設業は(というよりわが社は)農耕経済にならなければいけない。最初は、畑になる土地を見つけて、開墾して、種を蒔く。目が出てきたら、雑草を取り払って、肥料をやる。鳥や獣に食べてしまわれないように、注意を払って、最後にやっと収穫をする。こういう根気のいる作業を続けると、一粒一粒は小さいが、安定的な収穫を、毎年、続けることができる。

これができたら、後は、一つひとつの作業の改良と効率化に取り組めばいい。(中略)大きな受注ができた、できなかったと、一喜一憂しているのではなく、小さな仕事でいいから、お客様から繰り返し、繰り返し注文がいただけるように、地道に努力を続けなければならない、ということです。では、継続的に注文をくださるお客様はどこか?わが社の場合は、工場でした。工場は生産活動を行っていますから、頻繁にプラントや製造ラインの修理や変更や新設などの設備投資を行います。小さい修繕工事を含めると、お取り引きいただいている5つの工場を合わせて、発生頻度は、ほぼ、毎日です。

もう一つが介護施設でした。入居されている方が、毎日、使うので、トイレが水漏れする、ドアの締まりが悪い。クロスがちょっとめくれた、お風呂のタイルが数枚はがれた等の修繕工事がしょっちゅう発生します。金額にすると、10万円以下の工事です。1件で5,000万円、1億円という外装工事や屋根工事をやっている会社としては、考えられない工事です。しかし、この小さな修繕工事が大切なのです。一粒一粒は小さいが、安定した収穫を得るとは、数多く発生する小さな修繕工事に、地道に取り組むことでした。このように、プラント工事部と介護施設営業部は、『農耕経済型』になって行きました」

この佐藤さんのご指摘からは、多くの学びを得ることができると思いますが、私は、「農耕経済型」の顧客管理が最も重要であると感じました。私は、佐藤さんの言う「農耕経済」とは、顧客シェア(顧客内シェア)の考え方に基づく顧客管理であり、これからは、このような考え方で顧客と接することが望ましいと考えています。顧客シェアとは、顧客のある分野に関する支出のうち、自社が占める割合のことを指します。この顧客シェアの対語は市場シェアで、一般的に「シェア」という場合は、この市場シェアを言います。これは、多くの方が理解しておられると思いますが、市場シェアとは、自社製品の販売額が、市場全体での販売額に占める割合のことです。

佐藤さんのいう「狩猟型経済」では、高額の受注を目指すわけですから、市場シェアを高めるということになるでしょう。一方、「農耕経済」では、顧客ごとに、自社製品の販売額を増やしていくことになるので、顧客シェアを高めることになります。では、なぜ、顧客シェアを高めることが望ましいのかと言うと、佐藤さんは、安定的な受注につながると述べておられます。私は、これ以外に、競争に関するコストを減らすメリットがあると思います。現在は、年を追って競争が激化していますので、なるべく競争を避けるには、顧客との関係を強化することで、売上の増加につなげることが見込めます。

とはいえ、「農耕経済」では、小口の受注もあることから、採算が悪化することもあるわけですが、激しい競争に勝つためのコストに比較すれば、総合的なコストは低いと言えるでしょう。また、顧客シェアを高めるには、CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント、顧客関係管理)の導入なども必要になる場合もありますが、これも繰り返しになりますが、確実に競争に勝つためには、このような体制整備は避けられなくなりつつあると言えます。現在、競争が激しい経営環境にある会社の経営者の方は、佐藤さんのご指摘するような、「農耕経済」への転換が、現状を打開する手がかりになるのではないかと思います。

2023/12/17 No.2559