[要旨]
相模屋食料は、救済的なM&Aを行うことなどによって、一時的に赤字になったり、高い利益率を出さない状態が続いているようです。これについて、一部の取引銀行からは、もっと利益を優先するよう要請があるようですが、社長の鳥越さんは、会社が最終的に黒字になればよく、また、利益率が高くなったときは、その分は従業員に還元すべきと考えているそうです。しかし、このような鳥越さんの方針が、同社の基本的な力を高めていると考えることができます。
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今回も、前回に引き続き、日経ビジネス編集部の山中浩之さんが、相模屋食料の社長の鳥越淳司さんに行った、インタビューの内容が書かれている本、「妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、相模屋食料に救済を求めてきた、豆腐メーカーは、かつては、相模屋食料が真似できない製品を製造していましたが、効率化を優先し、製品の味を高める工程を省いてしまったため、味が落ちて顧客離れを起こしていたものの、相模屋食料社長の鳥越さんは、顧客からの評価が得られるよう、かつてと同じ製造法で製造するように指示した結果、同社の業績は回復してきたということを説明しました。
これに続いて、鳥越さんは、経営者の使命について述べておられます。「ちょっと利益率が落ちるたびに、銀行さんからは、『救済再建とかやらなきゃ、すごくエクセレントな会社なのに』と言われます。(中略)私は、『通年で黒字になる見通しがあれば、途中、赤字になっても問題ない』と考えているんですが、月間で赤字になると、もう、(銀行の)皆さん、ものすごく表敬訪問にいらっしゃいますね。これまで、ほぼ、来たことがない銀行さんもいらっしゃって、『赤字ですね』と。『これはこれこれこういうことで』と、理由をご説明しても、『なろほど、でも、赤字ですね』(と言われます)。予定通り、黒字に戻したら、ぴたっと止まりましたけど。
最初に言いましたが、うちでこれだったら、株主からも厳しく監視されるであろう上場企業の経営者の方は、さぞ大変だろうなと思うわけです。(中略)利益は追及しなきゃいけない。けれども、割り切ってしまえば、うちは別に上場しているわけじゃないので、救済M&Aで、地方の宝物のような会社を見つけて、自分たちがつくりたい、おいしい、あるいは変なおとうふをつくって、従業員にも還元ができて、何よりお客さまにも喜んでいただけるなら、そこそこの利益があれっばいいんじゃないか、というような考えを、私は持っています。利益率も株価もけっこうですが、それよりも、『うちはおいしさを追求する会社なんだ』と、胸を張って言いたい。
『利益追求じゃなくて、おいしさ追及です、何が悪いんでしょうか』と言えるようになりたいなと。(中略)『値上げして、もっと利益率を上げましょう』と言われることもあります。ただ、利益率の低さも参入障壁の一つじゃないでしょうか。売上高経常利益率が3%を超えると、大手さんが入って来る。これまでの経験値ではそうですね。(中略)と、利益率の説明をしまして、それを超えて儲かった分は、従業員への還元や、地方のおとうふ文化を守るM&Aなどに充てますと。うちは地銀さんがメインなものですから、『私たちがやっていることは、地方創生や地域の活性化に寄与します』というご説明が通るわけです」(217ページ)
鳥越さんがおっしゃっている、「利益追求じゃなくて、おいしさ追及です、何が悪いんでしょうか」という言葉と同じような言葉は、私も、これまで何人もの経営者の方から聞いてきました。でも、残念ながら、鳥越さんくらいの説得力を持って話ている方は、ほとんどいませんでした。「うちは利益のためだけに仕事をしているわけではない」というご主張をする方の多くは、事業を黒字化できない方便として、そのようなご主張をしているからです。でも、鳥越さんは、赤字になる製品をつくることはあっても、最終的に黒字にしています。
また、相模屋食料の利益率が高くない状態も、懸命に努力した結果、ぎりぎりで黒字になったのではなく、従業員への還元や、M&A投資を行っている結果です。もし、救済再建などを行わず、利益率を最優先にすれば、取引銀行も言っているように、「エクセレントカンパニー」になっているでしょう。では、なぜ、銀行は、相模屋食料さんに、赤字について厳しく追及することがあるのかというと、銀行は、短期的な視点での収益に目が向いてしまうからでしょう。
しかし、鳥越さんは、「通年で黒字になる見通しがあれば、途中、赤字になっても問題ない」と、長期的な視点で利益を目指しています。したがって、「利益追求じゃなくて、おいしさ追及です、何が悪いんでしょうか」という、鳥越さんの言葉は、「利益よりもおいしさ(製品の品質)を優先している」と解釈すべきではなく、「おいしさを追求することを通して、利益を実現する」と解釈すべきです。すなわち、利益と製品の品質は対立するものではなく、最終目的である利益を実現する手段として、短期的に製品の品質を追求するのであり、両者は対立してはいないと言えます。
これは、丸亀製麺でも、似たようなことを実践しています。丸亀製麺では、うどんの品質を追求するために、各店舗に製麺機を置き、製麺しています。製麺機を、1店舗ずつ置くことは、投資負担も大きいし、販売の場である店舗で製麺をすることは、面積あたりの効率性も下げることです。したがって、「数字」の視点だけから見ると、あまり賢明な手法ではありません。でも、あえて、「非効率」な手法で、製品のおいしさを追求することによって、同社は業績を高めています。話しを戻すと、これからは、短期的な数字の視点よりも、長期的な視点で事業が成功するかどうかで評価することの重要性が、より高まっていると、鳥越さんのご指摘を読んで、改めて感じました。
2023/12/8 No.2550