[要旨]
ミスターミニットの元社長の迫俊亮さんは、同社社長時代に、同社の改善策について、当時、ファミリーマート社長だった澤田貴司さんに相談したところ、「まるでコンサルタントがつくったようなプランで、従業員の方には響かない」と指摘されたそうです。すなわち、経営者は、理論の正しさの前に、従業員の方から信頼が得られるかどうかが重要ということを教えてもらったそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、迫俊亮さんのご著書、「やる気を引き出し、人を動かすリーダーの現場力」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、ミスターミニットの業績を回復させることができた要因のひとつとして、店舗で働いている従業員の方から情報を取り入れたことであると、迫さん自身が分析しており、このことによって、同社が顧客体験価値を高めるために、現場の暗黙知を得ることを可能にしたということを説明しました。
これに続いて、迫さんは、事業を改善するにあたって、経営者はリーダーシップが重要であると説明しておられます。これは、迫さんのメンターであった、ファミリーマート社長(当時)の澤田貴司さんから指摘されたそうです。「僕は、ミスターミニットの過去と現在の状況と、これからどうしていこうと考えているのか、そして、『主要課題はこれとこれで、それに対してこの仮説に基づいた戦略を打ち出し、こういうマイルストーンを設定して……』と、自分なりにベストだと思える改革プランを、(澤田さんに)一生懸命語った。
さあ、この戦略は、プロの経営者にどう評価されるだろうか?しかし、澤田さんの口からは、思っていない言葉が出た。それが(中略)、『うーん、ウザい』だ。『靴修理屋の社長じゃなくてさ、マッキンゼーのコンサルタントみたいなんだよね。君の言っていることは、多分、正しい。でも、いくら正しくても、29歳の社長がいきなり頭の良さそうな正論を話してきたら、社員にとってはウザいだけだよね?誰も着いてこない、むしろ、敵だよ』
(迫さんはこう言われて)はっとした。僕は、経営者の仕事は、組織の課題を見つけ、戦略を練り、確実に実行することだと思っていた。正しいことをやれば、必ず、うまくいく、と。けれど、『論』の正しさを、いくら振りかざしても、人はついてきてはくれない、と澤田さんは言う。新米リーダーである僕が最初にしなければならないことは、正論を振りかざすことではなく、みんなの信頼を得ることだ。『立派な経営者』を目指す前に、『信頼されるリーダーにならなければならなかったのだ」(58ページ)
この迫さんの気づきは、端的に言えば、人は、理屈で動くのではなく、感情で動くのだから、経営者の方が部下に示すものは理屈だけでは足りないということでしょう。これも、容易に理解できることだと思うのですが、熱心な経営者ほど、つい、見落としがちになってしまうようです。私も、これまで、中小企業の事業改善のお手伝いをしてきて感じることは、能力や意欲の高い経営者の方が、懸命に事業拡大に臨んでいても、従業員の方がちに、なかなか、ついて来てもらえないという状態になっているということがあります。このような、1人のリーダーがイニシアティブを握るリーダーシップが効果的な事業もあります。
しかし、現在は、経営環境の変化が激しく、顧客や製品に接している従業員の方たちにもイニシアティブを持ってもらう事業の方が適する時代になっています。ちなみに、迫さんは、従業員の方に対して敬意を持って接することによって、従業員の方たちから信頼を得ることができたそうです。さらに、会社が変わったという評判を聞いた元従業員の方たちが、50人近く会社に戻ってきてくれたことがあったそうです。このエピソードについては、次回、改めて説明しますが、経営者の方は理論の正しさを重視しがちであるものの、正しいかどうかの前に、従業員の方から信頼されることがさらに重要であるということを忘れないようにしなければならないと思います。
2023/10/5 No.2486