[要旨]
プロ野球界では、プレーヤーとしての実績がある人が、そのまま指導者になることがあり、そのような指導者は、指導者としてのスキルが不足するために、能力を引き出すことのできる選手が限られることがあります。そこで、吉井理人さんは、サッカー界のように、野球界にも指導者のライセンス制度をつくるといった対策が必要と考えているようです。
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今回も、前回に引き続き、千葉ロッテマリーンズ監督の、吉井理人さんのご著書、「最高のコーチは、教えない。」を読んで私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、選手は選手なりに、自分の能力を活かすための練習方法を考えているので、コーチがそれを無視して、選手に対して、「文句を言うな、いいからやれ」と言ってしまうと、選手の個性を活かす機会を失ったり、選手のやる気を下げてしまったりするということについて説明しました。これに続いて、吉井さんは、コーチのコミュニケーション能力が低いと、選手のモチベーションを下げてしまうということを述べておられます。
「厳しい生存競争が繰り広げられるプロの世界、それを生き抜いて実績を挙げたコーチは尊敬に値する。しかし、『上から押しつける』教え方では、たまたま、その指導に当てはまる選手だけにしか効果は出ない。だから、チームとして、選手個人の能力を引出すに視点に立つと、その方法はギャンブルと言わざるを得ない。そうではないコーチも、最近は多くなってきた。しかし、もっと増えて欲しいと僕は思う。
指導する立場にある人は、プロフェッショナルなコーチにならなければならない。野球以外の分野、ラグビーやサッカーでは指導者になるためにライセンスの取得が義務づけられている。そのライセンスの講習で、『選手に主体性を身につけさせて、コミュニケーションをしっかり取りましょう』と習う。しかし、野球界には、ライセンス制度がない。システムとして、それを学ぶ機会がない」(27ページ)
吉井さんは、コーチのスキルについて、コミュニケーションスキルに絞って述べておられますが、私は、コミュニケーションに限らず、コーチは、選手の育成に関するあらゆるスキルを学ばなければならないと思っています。これもよく指摘されることですが、名プレーヤーが、必ずしも、名マネージャーになるとは限りません。それにもかかわらず、名プレーヤーだったからという理由で、その人にコーチに就いてもらい、選手の育成を任せると、吉井さんの指摘の通り、その人の指導法が当てはまる選手だけが成長し、そうでない選手は成長できなくなってしまうということになるでしょう。
でも、コーチが個々の選手に合わせた育成を行うことができれば、より多くの選手が成長できることになります。そして、吉井さんは、「ラグビーやサッカーでは指導者になるためにライセンスの取得が義務づけられている」と述べておられますが、私は、このライセンスは、野球界だけでなく、ビジネス界にも必要だと思っています。しかし、ビジネス界では、論功で昇格した人が、マネジメントを担う立場になったにもかかわらず、その能力がないというときに、問題が起きると思います。
すなわち、論功で昇格した人は、業績を高めた実績があるだけに、自分のやり方を部下に踏襲させようとします。そして、そのやり方が間違っているわけではありませんが、部下たちにも個性があるわけですから、ひとつのやり方に固執してしまうと、部下の育成に差しさわりが出たり、その結果、業績があがらなくなってしまったりします。もちろん、マネージャー職に就いた人には部下の育成に関する研修などを受けさせる会社も多いと思います。
でも、昇格させてから研修を受けさせるのではなく、部下の指導能力がある人でなければマネージャー職に就けないようにしたり、または、ラグビー界やサッカー界のように、社内での資格制度を作り、収益に貢献しただけなく、その資格を持たなければ昇格できないという仕組みをつくったりすることが大切だと思います。
もちろん、直ちにそのような仕組みをつくることは難しいと思いますが、繰り返しになりますが、ラグビー界やサッカー界ではすでに、プレーヤーとしての能力と指導者としての能力は切り離されて考えられています。すなわち、指導者の育成能力が低ければ、チームとしての成績もあがらないと認識されている時代になっているということを、ビジネス界の方たちももっと深く理解する必要があると思います。
2023/5/8 No.2336