鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

会社の利益は職場の安全性に比例する

[要旨]

平鍛造の前社長の平美都江さんは、フォークリフトの事故で弟を亡くしたことから、職場の安全性を最優先し、ルールの制定やたくさんの投資をしました。その結果、従業員の方たちの士気が高まり、安全対策のコストの何倍もの利益を得られるようになりました。


[本文]

平鍛造前社長の平美都江さんのご著書、「なぜ、おばちゃん社長は『絶対安全』で利益爆発の儲かる工場にできたのか?」を拝読しました。ちなみに、平さんは、2021年6月に、平鍛造の社長を退任し、同社の株式の90%を、約100億円でNTNなどへ売却しておられますが、同書は、平さんが社長時代の改善活動について書かれています。同書のテーマの「安全」ですが、平さんが同社社長に就く前に、同社社長を務めていた、平さんの弟が、会社でフォークリフト接触する事故で死亡したことがきっかけのようです。

そこで、平さんは、工場の安全を確保するために、(1)工場内で人が歩く部分と、フォークリフトが通行する部分を明確に区別する、(2)フォークリフトが移動しているときは、ライトを点灯させたり、音楽を流したりして、従業員に注意喚起をする、(3)工場内の整理整頓をして、通路を確保する、(4)フォークリフト通行可の場所では、人よりフォークリフトを優先する、(5)危険な場所にはフォークリフトの速度制限を設ける、といった対策を行ったそうです。

また、平鍛造は、鍛造工場ですから、従業員の方が熱射病になりやすい環境にもあります。これについても、すべてのラインに冷蔵庫を置き、常に、飲料や梅干などを入れておいたり、できるだけ多くのファンを工場に置いたり、壁もできるだけ取り払うようにして、工場に自然の風が入るような改善をしたそうです。ところで、このような平さんの対策は、特に真新しい対策と感じる人は少ないでしょう。

でも、実践しない会社も少なくないと思います。そうなってしまうのは、「事故が起きるのは、従業員の注意力が足りなからだ」、「少々環境が悪くなったかといって、作業効率が下がるのは、従業員の忍耐力が足りないからだ」と、従業員が解決する課題だと考える経営者が多いからではないかと思います。こう考えてしまう経営者が少なくない理由には、そういう経営者も、若い時代には、劣悪な環境で働いて頑張ってきたのだからというで、従業員にも同じことを求めてしまうという面もあると思います。

事実、平鍛造を創業した、平さんの父親も、そういう考え方をしていたと、平さんは述べています。ただ、ここでは、「べき論」ではなく、どうすることが経営者として妥当かということを考えてみたいと思います。平さんによれば、「(職場の環境改善のために)かけたコストは、従業員の集中力、生産性向上となって、必ず数倍になって返ってくる」そうです。この平さんのご主張は、理屈としては理解できるものの、実際のリターンは明確ではないので、環境改善のための費用の支出に迷う経営者の方も少なくないと思います。

しかし、現在は、製造業であっても、従業員の方は、製品を製造する作業を担うというよりも、品質改善や新規性の高い製品を開発するための創意工夫を担う面が強くなってきていると思います。そうであれば、安全で働きやすい環境を作ることの方が、会社の競争力を高めるものと、私は考えています。まだ成功例としては少ないかもしれませんが、平さんの会社は、それを実践し、成功しているという点には、多くの経営者の方が注目すべきだと思います。

2022/6/30 No.2024

 

金融検査マニュアル廃止の英断

[要旨]

かつて存在した金融検査マニュアルは、いわゆる短コロ融資を不良債権とみなしたり、実態として不良債権のチェックリストになっていたりするなどの弊害がありました。これらに対し、金融庁元長官の森さんは、自らの問題点を認め、金融検査マニュアルを廃止しました。金融庁の施策については、依然、改善が求められるものの、このような姿勢は、同庁の問題点の減少に期待できます。


[本文]

共同通信記者の橋本卓典さんのご著書、「捨てられる銀行」を拝読しました。同書は、事業改善に取り組んでいる地方銀行の好事例も紹介されていましたが、主に、森信親元金融庁長官が、長官当時に、金融行政を大胆に改革した内容について書かれています。私は、森さんは、不正融資を行っていたスルガ銀行に対し、それが発覚する前に、他の地方銀行がお手本にすべき銀行と評価していたことから、結果論とはいえ、あまり評価できない官僚だと思っていました。

実は、橋本さんの本を読んで、ある意味、森さんにはそのような面があったということがわかりました。というのは、そのひとつは、「短コロ」の解釈を変更が行われたことです。短コロとは、短期転がし融資の略称で、短期融資の期限が到来したとき、融資を受けている会社は、金利だけを支払う一方で、融資元本は返済せず、その元本は新たな契約の融資元本として、次の期限まで融資期間を延長するという、日本独特の融資慣行を指します。

これについて、金融庁検査マニュアルができた当初は、金融庁は「疑似資本」と解釈する、すなわち不良債権と見なしました。そこで、多くの地域金融機関は、この短コロ融資を取りやめることになり、その代わり長期融資をするようになりました。さらに、このことは、銀行が、従来より担保を融資相手の会社に求めるようにもなりました。しかし、森さんは、このような状況は、金融検査マニュアルの弊害であるということを理解し、マニュアルの廃止を金融庁で提案したそうです。

ちなみに、短コロは、2015年に金融検査マニュアルが変更され、融資相手の会社が黒字であり、かつ、「正常運転資金」の範囲以内であれば、正常な融資であると解釈されることになりました。もちろん、金融検査マニュアルの弊害は、短コロだけではありません。本来は、地域金融機関が地域経済を支えるための活動をしているかどうかを検査することなのですが、実態として、銀行の融資が不良債権になっていないかどうかのチェックリストになっているという面も問題といえます。

その結果、2019年に金融検査マニュアルは廃止されました。私は、前述のとおり、金融庁の官僚は、銀行業務の現場をよく理解していないと考えていましたが、そうであっても、森さんを初めとして、金融庁は、自らの施策を改善するための努力をしていたということが分かりました。私は、現在も、金融行政に改善の余地があると考えていますが、橋本さんの本を読んで、今後の改善に期待ができると感じました。

2022/6/29 No.2023

 

人への投資の開示制度

[要旨]

内閣官房の非財務情報可視化研究会で、人的資本可視化指針が検討されています。現在は、人への投資をすることが、業績を高める重要な要素であることから、人への投資の状況の開示によって、投資家や銀行は、資金提供しようとする会社への評価を、より正確に行うことができるようになります。


[本文]

内閣官房に設けられた、非財務情報可視化研究会で、人的資本可視化指針が検討されています。人的資本可視化は、米国では、すでに、上場会社に義務付ける方針が固まっているようです。このように、「人への投資」が重視されるようになってきている背景には、これからは、「人への投資」に取り組まなければ、会社の競争力が高まって行かないという考え方が、広く認識されるようになってきたからのようです。

これについては、多くの方も同様に考えると思いますが、現時点では、上場会社が、具体的に、どのような活動をしているのかについては、投資家や銀行などの部外者は、IR資料などで、人材戦略までしか知ることができない状態です。そこで、スキル向上の研修内容、研修にかけた時間や費用、従業員の仕事や会社に対する満足度、男女間の給与格差、離職率などの開示を義務付けることが検討されているようです。

とはいえ、すでに多くの会社が、人への投資が重要と考え、実際にそれを行っています。その一方で、残念ながら、まだ、すべての会社が積極的に人への投資を行っているとは言えないようです。したがって、投資家や銀行からみれば、人への投資が可視化されれば、より、適切な評価が可能になるでしょう。ただ、私は、人への投資は、開示制度で促進されるべきものではないと思います。

例えば、ISO認証なども、一部の会社では、ISOを事業に活かそうとすることよりも、受注を得る条件を満たすことや、社会的イメージを高めることを主な目的としているため、実際に、ISOは活用されていないということもあるようです。そこで、「人的資本可視化」をきっかけとして、単に、開示するためだけのものとせず、人への投資を真に活かす会社が増えて欲しいと考えています。

2022/6/28 No.2022

 

コスパ重視の需要に応じる体制構築

[要旨]

業務スーパーは、コストパフォーマンスを重視する需要に応じるため、従来の商品にない製品開発や販売方法によって業績を拡大してきました。したがって、これからは、新たな需要を見つける「鼻の利く」経営が競争力を高めるカギになると考えることができます。


[本文]

ジャーナリストの加藤鉱さんのご著書、「非常識経営-業務スーパー大躍進のヒミツ」を読みました。ご存知の通り、業務スーパーは、著しく業績が拡大していますが、同書を読み、私はそのポイントは2つあると思いました。その1つは、業績が低迷した食品製造業を買収し、子会社とすることで、自社独自の製品製造を内製化していることです。2つは、製品の低価格を最優先させていることです。例えば、鶏肉は、小分けせずに、あえて2kgパックで販売し、単位あたりの価格を抑えているそうです。

プリンや水ようかんを牛乳パックに入れて販売するということも、既成概念にとらわれない発想の現れでしょう。しかし、これらの手法は、同社の業容拡大の直接的な要因で、もっと本質的な部分は、同社が需要に応えるサプライチェーンを構築したところにあると思います。というのは、現在は、賃金水準が伸びない中で、消費者の一定部分は、コストパフォーマンスを求めており、同社がそれに気づいたところが、本当の同社の強みだと思います。

同様の事例は、同書にも書かれていますが、ワークマンは、アウトドア製品の低価格需要に応じることで、4,000億円の市場を見つけています。とはいえ、これらの新たなニーズは、コロンブスのたまご的なものであり、見えていないうちは、なかなか見つけることは難しいものです。したがって、これからは、「空白の市場を見つけるための鼻が利く」会社が、業績を伸ばしていくのではないかと、同書を読んで感じました。

2022/6/27 No.2021

 

新生銀行の金利1%の定期預金の戦略

[要旨]

新生銀行は、新たに金利1%の預金の取扱を始めましたが、グロービス経営大学院の斎藤教授によれば、これは、同行の預貸率が高い特徴を活かした戦略であると分析しています。これに対し、私は、同行が、実質的なネット銀行であることから、顧客との接点を増やすための呼び水にしていると分析しています。


[本文]

日本経済新聞に、新生銀行が、金利1%の定期預金の取扱を開始したことについて、グロービス経営大学院の斎藤忠久特別教授の分析を載せていました。斎藤教授の説明を要約すると、(1)新生銀行の預金額は約6.4兆円である一方で、融資額は約5.2兆円であり、預金に対する融資額の割合(預貸率)が、81.4%と、ほかの銀行の約60%よりも高いという特徴がある。(2)新生銀行の融資利率は約2.4%である。

(3)今後、新生銀行は1.6兆円の預金を増やす予定であるが、それをすべて1%の預金でまかなったとすると、そのコストは、約160億円である。(4)1.6兆円の80%を融資にあて、それから2.4%の金利が得られるとすると、新たな収入は300億円である。(5)この300億円は、1%の預金のコストの160億円を上回るが、これは、新生銀行の預貸率が高いという特徴を利用したものである、というものです。

本論からそれますが、新生銀行の預貸率の高さは、住宅ローンに注力していることが要因と思われます。同行の2021年度ディスクロージャー誌によれば、2021年3月の同行の融資額約4.8兆円のうち、住宅ローンなどの個人向け融資は約1.8兆円と、融資額の約38%を占めています。話を戻すと、私は、斎藤教授の分析が、必ずしも誤っているとは限らないと思うのですが、新生銀行は、別の観点から1%の定期預金の金利の取扱を行うことにしたのではないかと考えています。

というのは、新生銀行は、実質的にネット銀行になっているからだと思います。新生銀行の店舗は、本支店が23か所、出張所が2か所ありますが、一般の銀行の店舗ではなく、相談業務が主な業務のようです。さらに、従業員数は、銀行本体で2,281人であり、店舗数から勘案して、従業員の多くは店舗以外のところで勤務していると考えられます。

このことは、ネット銀行と同様に、新生銀行は、固定費が少ないというメリットがある一方で、顧客との接点が限定的というデメリットがあるということです。それを補うために、1%の金利の定期預金の取扱を始め、預金増加の呼び水にしようとしているという考え方が自然ではないかと思います。斎藤教授と私の分析のどちらが正しいかは分かりませんが、ある会社の戦略の狙いを考えることは、自社の戦略の設定の参考になると思いますので、ご参考にしていただければと思います。

2022/6/26 No.2020

 

経営者保証免除に応じる時の経済合理性

[要旨]

経営者保証ガイドラインには、経営者が保証債務整理を銀行に求めた場合、銀行は、それに誠実に対応することが望まれると規定しています。しかし、それによって、必ずしも、経営者の金銭的負担が軽減されるわけではなく、経営者が自己破産を免れたとしても、経営者側も誠実に保証債務の履行に応じることが求められています。


[本文]

日経ビジネスオンラインに、ファブレスメーカーX社の倒産に関する記事が載っていました。記事によれば、倒産したX社の経営者のX氏は、X社の銀行からの融資の連帯保証人になっていたので、X社の倒産にともなって自己破産したが、銀行が経営者保証ガイドラインに沿った対応をしていれば、X氏は、必ずしも自己破産しなくてもすんだのではないかという疑問が残るということです。これについては、私もおおむね同意するものの、記事の筆者は、少し誤解をしているとも感じました。まず、経営者保証ガイドラインを解説しているパンフレットには、経営者が保証債務の整理を銀行に求めたときは、銀行は次のような対応を検討することが望まれると書かれています。

(1)経営者の手元に残す資産(残存資産)の範囲:一定の経済合理性が認められる場合には、破産手続における自由財産に加えて、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等を手元に残すことを検討。(2)弁済計画における分割弁済:弁済計画において、経営者が所有する資産(残存資産を除く)を処分・換価する代わりに、対象資産の「公正な価額」に相当する額を分割弁済することにより、自宅に住み続けられるようにするなど、資産を処分しないことを検討。(3)保証債務の免除:経営者が誠実に資力を開示し、その内容の正確性について表明保証を行う等の要件を充足する場合には、残存する保証債務の免除要請について誠実に対応。

これらの内容は、やや難解なものですが、ポイントのひとつは、「一定の経済合理性が認められる場合」というものです。この言葉の意味することは、ひとことで書けば、経営者を自己破産させない方が、銀行から見て金銭的に有利であるということです。では、有利であると判断される場合とは、どういうことかというと、これに関する説明は、文字数の兼ね合いから詳しく書く余地がないので割愛しますが、要は、経営者の財産がある程度ある場合とか、引き続き、経営者が、銀行の融資回収に協力的に行動してくれる見込みがあるということです。

ですから、経営者の資産が乏しかったり、経営者が非協力的であれば、銀行は、経営者保証ガイドライン沿った対応はしないということです。もうひとつは、もし、銀行が経営者保証ガイドラインに沿った対応に応じたとしても、経営者が100%免責されるということではないということです。例えば、経営者は、引き続き自宅を失うことなく、引き続きそこに住み続けることができるようになったとしても、「華美でない自宅等を手元に残す」という条件が付いているので、一般の住宅より大きな住宅であれば、処分を要請される可能性は高いと言えます。また、経営者が資産を所有し続けることを認める条件として、それに相当する額を分割して銀行に支払うことが条件になっています。

このように見ると、経営者保証ガイドラインに沿って、経営者が自己破産を免れるとしても、金銭的な観点からは、経営者は自己破産した場合と、ほぼ、同等の負担を負うことに変わりはないということです。とはいえ、私も、経営者保証ガイドラインが無意味かというと、可能な限り、経営者保証ガイドラインに沿った対応が行われることの方が妥当であると思うし、X氏についても、経営者保証ガイドラインに基づいた対応が行われるべきであったのではないかと思います。ただし、経営者保証ガイドラインは、決ずしも、経営者の金瀬的負担を軽減することが目的になっているわけではないということに注意が必要です。

2022/6/25 No.2019

 

 

リーダーは自動車のハンドルを握ること

[要旨]

リーダーの役割は、自動車のドライバーになって、自らの責任で、どのような道を進むかを判断しながら、同乗者を目的地に運ぶようなものです。それにともなって、リーダーは責任を負うことになりますが、それと同時にさらに技術を磨こうという意欲を得る動機付けにもなります。


[本文]

前回に引き続き、今回も、伊賀泰代さんのご著書、「採用基準-地頭より論理的思考力より大切なもの」を読んで、私が気づいたことについて書きたいと思います。伊賀さんは、リーダーシップについて、分かりやすい例で説明しています。「私は、『リーダーシップを発揮することは、自動車のハンドルを握ることと同じである。リーダーシップを身につければ、自身が人生のコントロールを握ることができる』という表現をよく使います。

運転席に座ってハンドルを握ることは、さまざまな負担がともないます。他人の命を預かるというリスクを負っているわけですから、他の席に座っている人と違って居眠りもできないし、のんびり景色を楽しむことも困難です。それでも、『やはり自分でハンドルを握りたい、自分がドライバーとして選んだ道を走りたい』と思った時、それを可能にしてくれるのがリーダーシップという運転技術なのです。(中略)

助手席や後部座席に座って進む人生は、気楽なものです。運転者がどこかに連れていってくれるし、自分の行きたいところがあれば、『あそこに行きたい』と依頼するだけです。それでも、『自分でハンドルを握りたい』と考える人はたくさんいます。そして、ハンドルを握り、成果を出し、同乗者から感謝される経験を積んだ運転者の多くが、『もっと険しい道でも運転できるようになりたい』、『もっと難しい目標地点まで、みんなを連れていってあげたい』と考えるようになるのです』(225ページ)

この伊賀さんの説明からも分かるとおり、リーダーは責任を分担する役割を持つということです。これは、裏を返せば、リーダーになりたくないということは、責任を負いたくないということです。もちろん、リーダーになりたいか、なりたくないかという判断は、個人的なことなので、他者が介入すべきことではありませんが、その根拠は割愛しますが、現在は、その度合いはともかく、責任をとることを避けながら生きるということは、あまり賢明な考え方ではないと思います。少なくとも、経営者の方は、従業員の方、各々に対して、リーダーシップを発揮してもらうよう働きかけることが、より重要になっていると、伊賀さんのご指摘を読んであらためて感じました。

2022/6/24 No.2018