[要旨]
剣道の練習では、一本をとったとき、その過程を言葉で表現でする練習をしているそうです。それは、一本につながった自分の身体の動きと、技のコツを言葉で表現すると、より理解が深まり、さらなる改善や、うまくいかなかった時の改善ができるようになるからだそうです。これは、ビジネスにもあてはまり、経験で得られたノウハウやコツを、暗黙知の状態から形式知にすることで、それを他の人たちと共有できるようになり、事業活動全体の業績が高まることが期待できます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、千葉ロッテマリーンズ監督の、吉井理人さんのご著書、「最高のコーチは、教えない。」を読んで私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、吉井さんは、ニューヨーク・メッツの選手時代に日記を書いていましたが、そのことは、自分のプレーを言語化する能力を高めることになり、プレーの修正が容易になったほか、自分のプレーの振り返りにもなり、パフォーマンスを向上させることになったということを説明しました。
これに続いて、吉井さんは、コーチが選手に質問をすることで、選手は自分を客観的に見えるようになり、改善が行いやすくなるということについて述べておられます。「質問はコーチングの1つの手法として、選手の状態を知ることが目的だ。しかし、真の意味での狙いは、質問によって、選手に『自己客観視』させることと、選手とコーチに『信頼関係の構築』を促すことである。
大学院で学んでいるとき、剣道部の先生が、面白いことを言っていた。『剣道の練習では、今の“一本”を言葉で表現でする練習をしている。一本につながった自分の身体の動きと、技のコツを言葉で表現すると、より理解が深まるのです』剣道では、竹刀を振る瞬間に、手を内側に絞り込むらしい。絞り込むことで、竹刀の先が走るという。そういうことを表現できるようになれば、自分を客観視できるようになった証拠になる。
自分を客観視できれば、自分の良いところと、悪いところがしっかりと見える。良いところは残せばいいし、悪いところは改善すればいい。良いときにはこんな兆候が現れ、悪いときにはこんな兆候が現れるなどの気づきも出てくるので、改善のためのコーチングがしやすくなる。自分を客観的に振り返ることができれば、さまざまな点に気づくはずだ。気づいた点からさまざまなヒントを得られるので、自己客観視は繰り返しやって欲しい」(156ページ)
この吉井さんの説明を読んで、野球だけでなく、剣道でも言語化が励行されているということを知りました。当然のことですが、スポーツで能力を高めるには、身体を使うことから、身体をどのように動かせばうまく行くのかということは、まず、言葉ではなく、経験から得られるわけです。しかし、それを記憶したり修正したりするためには、言語化が重要ということなのでしょう。
私は、この吉井さんの説明を読んで、ビジネス界でよく使われている、暗黙知と形式知のことを思い出しました。ビジネスにおいても、経験を積むことによって得られるノウハウなどはたくさんありますが、それらは、必ずしも、マニュアルや手順書などのような、文字であらわされる形式知になっているとは限りません。
もちろん、暗黙知のすべてを形式知にすることができるわけではありませんが、剣道のように、「竹刀を振る瞬間に、手を内側に絞り込むと、竹刀の先が走る」というように、暗黙知を形式知にすることで、それを多くの従業員が共有することで、事業活動が改善することにつながります。とはいえ、いきなり、「暗黙知を形式知に変換する」ということは、中小企業では難しいので、吉井さんがコーチ時代に実践したように、上司が部下に質問をして、言語化する能力を高めるということを実践していくことで、長期的には効果が得られると思います。
2023/5/15 No.2343