鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

個人商店主システムによる権限委譲

[要旨]

ドン・キホーテは、圧縮陳列による販売方法が支持され、業績を伸ばしてきましたが、開店当初、それを理解し実践できる従業員がいなかったことから、創業者の安田さんは、担当売場、仕入、陳列、値付け、販売までを各従業員に丸投げする権限委譲を行い、安田さんの思想を理解してもらうことに成功したそうです。


[本文]

ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんのご著書、「安売り王一代-私の『ドン・キホーテ』人生」を拝読しました。同書には、ドン・キホーテを26期連続増収増益とした、安田さんの経営者としてのご経験が書かれているのですが、その中で最初に注目したことが、権限委譲です。権限委譲というと、形式的には、職務権限規程で権限を定めればよいのですが、もちろん、実際の権限委譲は単純には行きません。

ドン・キホーテの特徴と言えば、ほとんどの方が圧縮陳列を思い浮かべると思いますが、東京都府中市に第1号点を開店したとき、安田さんは、その圧縮陳列をしてもらうために、従業員の方に、「見にくく、取りにくく、買いにくい」店をつくれと、指示したそうです。しかし、従業員の方は、口では「はい」というものの、どうしても、「見やすく、取りやすく、買いやすい」陳列をしてしまうそうです。そこで、安田さんがお手本を見せるのですが、安田さんの意図は、なかなか理解してもらえなかったそうです。そして、安田さんのいらいらが頂点に達したとき、従業員の方たちの前で、財布から1万円紙幣を取り出し、ライターで火をつけて燃やしたそうです。

そのとき、安田さんは、「1万円を燃やすという俺の行為はばかげているが、陳列すれば何十万円ものもうけになる商品を、みすみす倉庫にほおっておくお前たちの行為はもっと愚かだ」と言い放ったそうです。しかし、安田さんは、このとき、自分自身の方が愚かだったと気づいたそうです。というのは、安田さんは、かつて、東京都杉並区西荻窪で、「泥棒市場」というディスカウント店を開店し、徒手空拳で失敗と成功を繰り返しながら事業を拡大してきた経験があるもの、従業員の方たちには、そのような経験がないため、安田さんがその経験を通して体得した「個人技」を理解できないことは当然だと考えたそうです。

そこで、安田さんは、「個人商店主システム」の導入による権限委譲を実践したそうです。これは、従業員ごとにに担当売場を決め、仕入、陳列、値付け、販売までを丸投げするシステムで、「ドン・キホーテ最大のサクセス要因」になったと、安田さんは述べておられます。このシステムによって、従業員の方に、かつて、安田さんが経験したことと同じことを経験してもらおうとしたそうです。

もちろん、この「丸投げ」の実践は口で言うほど簡単ではなかったそうで、例えば、当時、安田さんが経営していた別の卸会社が商品を卸した相手の会社から、再びドン・キホーテ仕入をしてくる従業員もいるなど、多くの失敗があったそうですが、安田さんは口を出さずにじっと耐えたということです。このように、安田さんは、ドン・キホーテの成功要因は「権限委譲」と明言していますが、私は、単に権限委譲が成功要因というだけでなく、権限委譲を見守ることができる覚悟を経営者の方が持つことができるかどうかだと思います。

2022/6/4 No.1998