鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

賃金は固定費と変動費のどちらか

私ごとで恐縮ですが、私の兄は製造業に勤

務していました。


いまは兄は会社を退職しているのですが、

在職中に製造業の会計についてふたりで話

をしたことがあります。


そのとき、私が、「製造原価の賃金は変動

費である」と述べたところ、兄は「賃金は

固定費であり、変動費になることはない」

と反論してきました。


後であらためて説明したいと思いますが、

私が「賃金は変動費」と述べたのは、標準

原価計算の考え方です。


一方、正社員の方は固定給で働いているの

で、正社員に支払う賃金は、契約の形態か

ら見れば固定費と考えることができます。


兄は製造業に携わっていたので、標準原価

計算の知識を持っていると私は考えていた

のですが、その知識はなかったようで、私

が、雇用契約は固定給でも、標準原価計算

の考え方で製造原価を計算するときは、賃

金は変動費として計算するのだと時間をか

けて説明したのですが、結局理解してもら

うことはできませんでした。


では、その標準原価計算について簡単に説

明します。


製造業の賃金の会計処理には3つのステッ

プがあります。


まず、工場で働く従業員の方(以下、工員

と述べます)への賃金(賃金にもさまざま

の定義がありますが、ここでは会計的な観

点での人件費を指すものとします)を支

払ったとき、それは労務費という勘定科目

(会社によって変わることがあります)に

加えられます。


ただし、ややこしいのですが、この労務

という科目は、費用の科目ではなく、資産

の科目です。


なぜ資産なのかというと、これもあらため

て後述しますが、工員への賃金は、製品の

材料と同様の考え方をしているとご理解く

ださい。


材料は、代金を支払って、直ちには製品の

ために使われず、いったん倉庫などに資産

として保管されます。


そして、賃金も、工員から労働力の対価と

して支払われ、工員の方に働いてもらう権

利を資産として蓄えているというように、

会計的にはとらえています。


さらに、材料は製品製造のために、必要な

分だけ利用(これを、会計の用語では消費

といいます)され、そのたびに帳簿から材

料が消費された分の金額が減らされ、同額

が仕掛品(しかかりひん、製造の途上にあ

る未完成の製品を指す勘定科目)や製品

(完成品)に加えられます。


これと同様に、賃金も、工員の方が働くた

びに労務費勘定から減らされ、仕掛品や製

品に加えられます。


これが2つめのステップです。


そして、3つめのステップは、製品が販売

された時です。


この段階で、販売された製品に要した原価

(材料や労務費の消費額)が、製造原価と

いう費用の科目に移ります。


(ここまでの説明は、理解を容易にするた

めに、必ずしも正確なものとはなっており

ませんことをご了承ください)


復習すると、工員の人件費は、いったん労

務費という資産の科目に計上され、つぎ

に、仕掛品や製品という資産の科目に計上

され、販売された段階で製造原価という費

用になるということです。


では、本題の人件費が変動費だるという説

明に移ります。


標準原価計算では、賃金はどのように仕掛

品や製品に計上されるかというと、一般的

には、時間に応じて計上されます。


例えば、仕掛品を製品にする工程では、正

社員が1時間その作業に携わると、1個の

製品が完成するとします。


そして、正社員の1時間あたりの賃金額が

2,000円であるとすれば、製品が1つ

完成するたびに、帳簿では労務費から製品

勘定に2.000円が加えられることにな

ります。


ところで、変動費とは売上に比例して発生

する費用です。


そこで、前述のように、製品が製造される

(ここでは、製品は製造すれば必ず売れる

という前提で説明をします)たびに賃金が

計上されるので、賃金は変動費としてとら

えることができます。


ここまで、簡単に標準原価計算について説

明してきましたが、1度読んだだけでは理

解が難しいかもしれません。


そこで、賃金は工員に対しては契約に基づ

いて固定的に支払われるものの、製品に対

しては、製造に要した時間に応じて案分さ

れて費用になると考えていただければと思

います。


(なお、すべての製造業が必ずしも標準原

価計算に基づいて原価計算をしているわけ

ではないので、ご注意ください)


では今回の記事の結論ですが、賃金は経営

者の観点から、変動費と考えるべきだとい

うことです。


ここで、そのようなことはわざわざ指摘さ

れなくても分かっていると考える方が多い

と思います。


その一方で、経営者の方が、受注の採算を

検討するときに、意外と人件費を見落とし

ている例が多いと、私の経験で感じていま

す。


例えば、新たな受注があり、その採算を検

討するとき、目に見える材料などは原価と

して認識はされるものの、目に見えない人

件費は十分に検討されていないように感じ

ます。


「先方の希望する価額が、仕入れ値の20

%増しだから採算が合うだろう」と考えて

応需してしまったものの、粗利相当の20

%では人件費が吸収できず赤字になってし

まうというパターンが、業況のよくない会

社に共通していると私は感じています。


そこで、自社の1人1時間あたりの人件費

がいくらか、そして、それぞれの工程には

どれくらいの作業時間が必要かということ

を把握しておくと、目に見えない人件費も

原価として認識しやすくなり、誤って赤字

の受注に応じなくなると思います。


人件費は契約によって固定給ではあります

が、標準原価計算の考え方によって変動費

として考えると、より精度の高い採算の検

討ができるでしょう。

 

 

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