[要旨]
事業活動においては、ビジョンという曖昧模糊とした思いを、経営戦略に落とし込むことが不可欠です。そのためには、顧客や市場に関する情報、競争相手に関する情報、自分たちの強みや弱みなど、客観的な情報収集や分析を行い、自分たちはどの『土俵』であれば『際立つ』ことができるのか、チャンピオンになることができるのかを冷静に見極め、最も可能性の高い『土俵』を特定することが必要です。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、経営戦略には、主に社内の資源配分を最適化する全社戦略、各事業の競争力を最大化する事業戦略、事業戦略を側面から支える機能別戦略の3つの階層があり、経営者には、各戦略の整合性を維持し、成果が最大になるよう管理する役割があるということを説明しました。これにつづいて、遠藤さんは、経営戦略が必要となる理由について述べておられます。
「経営戦略は、経営の『背骨』ですが、経営はいきなり戦略づくりから始めるものではありません。その出発点は、『ビジョン』です。ビジョンとは、『こういうことをやりたい』、『こういう会社をつくりたい』といった、『目指すべき将来の姿』のこと、思いや夢と言ってよいかもしれません。人間が営む企業は、個人の思いからスタートするのが一般的です。しかし、漠然とした思いで留まっていたのでは、具体性に欠け、価値創造の具体的な形が見えてきません。どんなにすばらしいビジョンであっても、思いだけでは、経営としての成功を手に入れることはできません。
例えば、『自動車メーカーになりたい!』という思いを持って会社経営を始めたとします。しかし、その思いだけでは、並み居るライバルたちとどう戦えばいいのか、具体的な姿はみえません。大衆車をつくるのか、それとも高級車をつくるのか、スポーツカーや小型車をつくるという選択肢もあります。つまり、単に、『自動車メーカー』を目指すというのではなく、『どのような自動車メーカーを目指すのか』という具体像を明らかにしなくてはなりません。だからこそ、経営戦略が必要なのです。企業経営においては、ビジョンという曖昧模糊(あいまいもこ)とした思いを、経営戦略に落とし込むことが不可欠です。
そのためには、顧客や市場に関する情報、競争相手に関する情報、自分たちの強みや弱みなど、客観的な情報収集や分析を行い、自分たちはどの『土俵』であれば『際立つ』ことができるのか、チャンピオンになることができるのかを冷静に見極め、最も可能性の高い『土俵』を特定することが必要です。経営とは、リスクをとって挑戦する『リスクテイキング』ですが、決して一か八かの『ギャンブル』ではありません。経営とは、理詰めで考え抜いた合理的な経営戦略に基づいて、価値創造を実現する『サイエンス』でもあるのです」
私も遠藤さんと考えは同じですが、経営ビジョン(経営理念、使命、ミッション、基本方針などということもあります)は、事業活動の目的地、目指すところであると考えています。そして、経営戦略は、目的地を目指す方向を示すものだと考えています。例えば、悪路であっても最短距離で目指すのか、遠回りであっても緩やかな道で目指すのかというものを示すものが経営戦略だと考えています。さらに、目的地まで徒歩で行くのか、自動車に乗るのかといった、具体的な方法を示すものが経営戦術だと考えています。
そして、これらが示されていることで、組織活動である事業活動が、より効率的になり、早く目指すところに到着することが可能になります。ところで、このような考え方に対し、「将来のことは不確定のことが多いのだから、どういう活動をするのか、今、深く考えてみてもあまり意味はない」と、否定的に考える経営者の方も少なくないようです。確かに、ファーストリテイリングの柳井正さんは、「一勝九敗」というご著書についいて、「『一勝九敗』という本のタイトルは、経営というものはそもそもそれぐらいの確率でしか成功しないものだという僕の実感を表したもの」と述べておられます。
では、経営戦略に基づく活動は意味がないのかというと、私はそうではないと思っています。経営戦略に基づいて活動している会社は、自律的・能動的に活動していることになりますが、経営戦略のない会社は、成行的な活動しかできず、経営環境に受動的にしか対応できません。経営環境の先行きが不透明だとしても、どちらの会社の方がよい結果につながりやすいかと言えば、経営戦略に基づいて活動している会社でしょう。
希に、成行的な活動しかしていない会社が、たまたま、経営環境の追い風に乗って成功することがありますが、それは一時的なものでしかなく、継続的に成功できるとは限りません。また、偶然の追い風で会社が成功できるのであれば、経営戦略は不要かもしれませんが、それは同時に経営者も不要ということになります。ですから、事業活動で成功を得るために、経営戦略は必要ですし、また、経営者には、その経営戦略に基づく活動が奏功するための采配をするという重要な役割があるのです。
2024/3/18 No.2651