[要旨]
ある鶏肉専門の飲食店では、顧客の要望に応えるために、牛肉や魚のメニューを増やしましたが、このことによってオペレーションが複雑化し、従業員の方が疲弊してしまったことから、逆に、売上が減少してしまいました。この例のように、顧客を失いたくないという不安を回避することに目が向いてしまうと、誤った方針をとってしまうことになるので、注意が必要です。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの佐治邦彦さんのご著書、「年商1億社長のためのシンプル経営の極意」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、ある印刷会社では、幅広い商品を取り扱っていましたが、そのことにより作業効率が悪く、従業員の長時間労働が続いていたので、これを改善するために、商品の絞り込みを行なった結果、顧客の真のニーズを把握するための時間の余裕ができ、顧客の課題のソリューションを提供するようになったことから、価格競争を脱し、商品の付加価値を高められるようになったということを説明しました。
これに続いて、佐治さんは、経営者の方の持つ不安感によって、経営者の方が判断を誤ってしまうことがあるということについて述べておられます。「これは、5店舗を経営する飲食店の話です。この店では、年々、売上が減少していることに不安を感じ、鶏肉の専門店でありながら、常連客の要望に応え、牛肉や魚などのメニューを導入して、気がつけばメニューがどんどん増えていました。メニューが増えれば、当然、仕込みや食材管理が大変になり、さらに、オペレーションも複雑化します。その結果、どうなったのか。まず、現場スタッフが次第に疲弊し始めました。
そして、次第に商品の品質もばらつきが目立つようになり、一度上がりかけた売上も、また、下がり始めてしまったのです。そこで、経営者は、セントラルキッチンをつくることで、現場負担の軽減と、品質の安定を図ることにしました。しかし、今度は、セントラルキッチンの固定費が計画以上にかかり、採算が合わなくなりました。そこで、セントラルキッチンの採算を合わせるために、お弁当事業を始めることにしました。しかし、お弁当事業のノウハウがないために、なかなか軌道に乗らず、経営者はこの事業に時間を奪われていきました。
気がつけば、既存店舗の管理にも目が行き届かなくなり、ますます、業績が低下していったのです。結果、経営者は、不採算店舗のテコ入れに振り回され、すべてのビジネスが中途半端になり、常に、目先の売上を追いかけるような、さらに不安な日々を過ごすことになってしまいました。市場が縮小している現代では、一番届けたい商品を極めて、顧客の信頼を獲得し続けることが、最大のリスクヘッジになるのです。リスクを分散するということは、商品の品質の低下につながり、さらなるリスクを生み出しかねません。
不安を解決するための行動が、さらなるリスクを生み出し、さらなる不安を生み出すことになりかねないのです。人間の行動パターンは2つに分かれます。それは、『快楽を求める』か『痛みを避ける』です。人間は、本能的にどちらかの行動パターンをとっているのです。経営における『快楽』とは、業績や顧客満足の工場です。逆に、『痛み』とは、売上の低下や顧客離れです。私が多くの企業相談を受けていた感覚から、約9割の経営者が『痛みを避ける』ことにとらわれた行動パターンをとります。
それは、自社の長所より短所ばかりに目がいってしまうというものです。例えば、忙しい日にしっかりと稼ぐことよりも、暇な日に怯え、満足しているお客様よりもクレームを言うお客様に気をとられ、仕事のできるスタッフよりも仕事のできないスタッフに気をとられてしまいます。『痛みを避ける』ための行動パターンは、会社の発展にはつながりません。自社のストロングポイントに目を向け、それを伸ばすことが大切です。業績を伸ばしている企業は、ストロングポイントに着目して発展させているのです」
私も、中小企業の事業改善のお手伝いをしてきて、佐治さんと同じようなことを感じています。具体的には、顧客を、A(優良)ランク、B(やや優良)ランク、C(低採算)ランクに分けた時、経営者の方や従業員の方がどのランクに注力しているかというと、Cランクの顧客です。これは、Aランクの顧客には、あまり労力をかけなくても商品を販売できる一方で、Cランクの顧客は、取引がなくなってしまわないか不安になり、頻繁に接触したり、価格交渉をしたりしてしまうということです。
しかし、本来は、多くの利益をもたらしてくれるAランク顧客に労力をかけるべきであり、Aランクの顧客にさらに商品を販売すれば、相対的に少ない労力で多くの利益を得られることになります。ところが、経営者の方は、「顧客を失いたくない」という不安を持つと、その不安を解消するための活動を優先してしまうことが多いようです。そこで、経営者の方は、顧客対応について冷静に判断し、優良顧客にこそ労力を注ぐということが大切であると、私は考えています。
2024/1/19 No.2592