鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

ダブルチェックシステム

[要旨]

稲盛和夫さんが京セラの社長時代に、社長印を経理部長に押してもらうようにしたそうです。ただし、社長印を押印する書類は経理部長は作成してはならないこととし、また、印鑑が入っている金庫の鍵は、経理部長以外に持たせるようにしたそうです。このように、稲盛さんに代わって社長印を押す場合は、単独でできないようにすることで不正が起きないようなしくみとしたそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、稲盛和夫さんのご著書、「京セラフィロソフィ」を拝読して、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、稲盛さんは、京セラを起業する前に勤めていた会社で、先輩社員が器具を丁寧に洗っている姿を見かけたことがあるそうですが、当初は要領が悪い人と感じていたそものの、後になって、器具を丁寧に洗わないと、思った通りの製品をつくることができないということが分かり、このように、現場にはたくさんの暗黙知があることから、経営者はそれを把握したり、会社内で共有する仕組みを構築したりすることが大切ということについて説明しました。

これに続いて、稲盛さんは、会社で不正が起きないようにするために、ダブルチェックの仕組みをつくることが重要であると述べておられます。「私が最初につくったダブルチェックのシステムは、契約書の捺印に関してでした。私は、社長でしたから、会社の手形や小切手といったあらゆる契約書に印を押さなければなりません。ところが、私は技術屋でしたし、また(中略)頻繁に現場に行っては製品とにらめっこをしたり、ものをつくったり、機械を直したり、はたまた、営業にも走り回っていましたから、会社の机にデンと座って、印鑑を押し続けるわけにはいかないのです。

考えてみれば、私が今まで自分で社長印を押したのは、ほんの数回くらいだろうと思います。そこで、私は、捺印は、総務と経理の人に任せようと思いました。しかしながら、私の印鑑、つまり、会社の公印さえあれば、いくらでもお金を引き出せるわけですから、悪用されればたいへんなことになってしまいかねない。かといって、みんなを信用せずに、私が握っていても仕事にならない。そこで、私は、印鑑を押すための書類を作ることと、印鑑を押すことは、別の人が行うことにしたのです。例えば、経理部長が社長印を持っている。ある人が『この書類に印鑑をください』と持ってきたときに、経理部長が社長印を持っている。

ある人が、『この書類に印鑑をください』と持ってきたときに、経理部長は捺印してしかるべき内容のものかどうかを確認し、責任を持って押す。ただし、経理部長は、自分でその書類を作ってはならない。同時に、印鑑を保管している箱には鍵がついていて、そのカギは経理部長とは別の人が持っている。経理部長が、『今からこういう書類に印鑑を押さなければならないので、印鑑を出してくれ』というと、部下が、『この書類に捺印するのですね』と、その書類をまた確認して、金庫から印箱を取り出し、鍵を開けて印鑑を渡す。このように、二重三重に代表者印を扱うことにしたのです。これも、間違いを未然に防ぎ、人に罪をつくらせないがためなのです」(598ページ)

会社の不正は、完全に防ぐことはできないと、私は考えています。しかし、稲盛さんがご説明したようなしくみをつくることで、大部分の不正を防ぐことができるようになるとも考えています。ところが、このようなしくみをつくったり、実践することは、労力や時間がかかるため、中小企業ではあまり実践されていないようです。稲盛さんが説明したようなしくみでなくても、例えば、仕事の属人化をさせないようにするだけでも、不正を防ぐ効果はあります。しかし、仕事の属人化をさせないためには、定期的な配置転換をすることになりますが、そのためには、普段の業務以外に、先輩従業員が後輩に仕事を教えたり、そのために、やや多めに従業員を雇ったりしなければなりません。

しかし、長期的な視点で見れば、このような活動は、不正を防ぐ効果があるだけでなく、従業員の多能化が進んだり、セクショナリズムを排除したりするという効果もあり、組織としての能力を高める効果があります。もちろん、それは業績を高めることでもあります。いまは、競争が激化して、ライバルに勝ち抜く決め手がなかなか見つからないと考えている経営者の方もいると思いますが、それは、一朝一夕で得られるものではなく、時間がかかっても、このような基本的なスキルアップを一歩一歩進めて行くしかないと、私は考えています。そして、それは、稲盛さんが実践し、京セラを優良会社にしたことで証明されていることでもあると思います。

2023/11/28 No.2540